第十二話「嫉妬編・薫のお願い」
騒動が止んで、食事を再開し、食事を終えた春希は、薫に呼ばれて一緒に外に出た。京菜と楓もついてくると言ったが、薫が睨むと、二人はそれ以上どうもしようとしなかった。
七菜荘から少し歩いたところに、ベンチが一つ道路の真ん中にぽつんと設置されていた。そこに二人は座った。
「すまんの、楓のこと。うちが先に話しとらんかったけぇ……」
座ってすぐに、薫が頭を下げて言う。春希は焦る。
「いやいや、薫が謝る必要はないよ。それに、あれくらい」
「あ、あれくらいって、春希はあれが初めてじゃないんか!?」
「えっ、いや初めてだけど……」
「だ、だったら……っ」
頬を少し赤らめた薫は、開けた口をわなわなと動かして、何も言わずにそのまま口を閉じる。その仕草に、春希は首をかしげる。
「でも、どうして楓はあんなことを」
「昨晩、楓を助けたようじゃのお、春希」
「え? あー、もしかして楓が持っていたディザイアフラワーを、俺がへまして自分で嗅いだこと?」
「へま……? まあ、それじゃ。……楓はの、恩を感じた人に依存する奴での、今、楓は春希をえらく慕っとるってわけじゃ」
「それで、俺にキスしたってこと?」
「き、きき、キスはあれじゃ。楓にとってマーキングみたいなもんなんじゃ」
そういえば、楓はキスした後に「これでお兄さんはわたしのもの」と言っていたなと春希は思い出し、そういうことだったのかと納得する。
「じ、実はの……」
楓は更に顔を赤らめて、体をもじもじさせて言う。
「う、うちも……されたんじゃ、き、キスを……」
その告白を受けて、春希も顔を赤らめ、動揺し始める。
「え、ええっ!? そ、それ本当!? わ、わわわ……」
そんな春希の様子を見て、薫の顔からは赤みが引いていき、ため息をつく。
「なんで自分の時より動揺しとるんな」
「えっ、いや、だって……」
春希は答えようとしたが、頭の中にそれが浮かんでくることはなかった。言葉を続けるのを止めるように口を閉じると、薫はもう一度ため息をつく。
「まあ、あれじゃ。うちも楓に慕われとっての。あやつは嫉妬深いやつでの、うちの周りのやつら、葵らを攻撃しようとするけん、うちが部屋に篭らせとったんじゃ。慕っとるけえか知らんけど、素直に言うことを聞いてくれとったってわけじゃ」
「どうして薫は楓に慕われるようになったの?」
「うーん、確かな理由は分からんが、この世界に来て一人ぼっちだった楓を見つけたのがうちだったけえかのお」
それは確かに理由としては十分だと春希は思った。こんな世界に一人でいるところに現れた人を慕うのは必然だ。現に、自分もそうだしと春希は心の中でクスッと笑う。
「それで、ここからが本題なんじゃが」
薫は真剣な顔つきになり、座を直して言う。
「どうか、楓を助けてやって欲しいんじゃ」
「えっ」
その瞬間、昨晩に瑤香に言われた言葉――「私たちを助けて」が春希の頭の中で再生される。どうして似たような言葉を薫も言うのだろうか、もしかして二人は話し合っているのだろうか、そんな考えが春希の頭を駆け巡る中、薫は続ける。
「うちが楓に初めて会った時、ほんまこの世に絶望しとるというか……さえん顔をしとったんじゃ。うちは会った時からずっと訊いとるんよ。じゃけど、まだ、あの時どうしてあんな顔をしとったんか、教えてくれんのんじゃ」
部屋に引き籠っていろという命令は素直に聞くが、それは教えてくれない。それが、薫を更に悩ませることになった。
「今は大分回復してきたんじゃけど、やっぱり時折影っちゅうものを見せることがあるんじゃ。じゃけん、春希、楓を助けてやって欲しいんじゃ」
「い、言いたいことは分かったよ。でも、どうして俺なの? 薫の方がまだ可能性は高いんじゃないの?」
「今朝、うちの言う事、部屋を出るなってのを破って春希の部屋へ行っとったじゃろ? 今朝、楓の部屋にあやつがおらんかったけん焦ったわ……こほん、つまり、今、楓の中ではうちより春希の方が上ってわけじゃ。……んー、まあ、あれじゃ、要するに女としての勘じゃ。それに、春希ならやってくれる、そううちが思ったんじゃ。じゃけん、頼む!」
頭を下げる薫に、「頭を上げてよ」と春希は慌てて言う。中途半端に頭を上げた薫は、上目遣いで春希を見て「頼めんか?」と訊く。春希はそんな薫の目から視線を外しながら、はっきりと答える
。
「引き受けるよ。俺ができることなら、何でもさせてよ」
その答えを受けて、薫は「ありがとう!」と言って喜ぶ。




