第十一話「嫉妬編・わたしのもの」
太陽の光が目に飛び込んでき、思わず春希は目を開ける。目の前には、人間の顔に見えなくもない木目がある天井があった。
額に何かが垂れていく感触があったため、手を額に当てると、手に少量ではあったが水滴がついてしまった。どうやら汗らしい。
「そういえば、夏になっちゃったんだっけ」
そう呟いた瞬間、昨晩起きたことが頭の中にフラッシュバックする。ガバッと体を起き上がらせようとすると、胴体が何か重りをつけられているかのように重く、うまく起き上がれなかった。
「どうして……まさか、昨日のあれが影響して……?」
春希は恐る恐る、自分の体にかかっている掛け布団を剥がす。――そこには、綺麗な水色の髪の毛を持った、中学生くらいの女の子がいた。春希の胴体を抱き枕のように抱いて、寝息を立てながら寝ている。
「楓、だよね」
七菜荘のもう一人の住人の名前を口にすると、その少女はピクッと反応して、ゆっくりと目を開ける。半開きの目で周りをきょろきょろすると、春希と目が合った。少女はにっこりと笑う。
「おはよう、お兄さん」
「う、うん、おはよう。それと、はじめまして」
「え? 初めてじゃないよぉ。わたしたち、昨日の夜に会ってるよ? ……もしかして、忘れちゃったの?」
半開きだった目を開かして、涙を溜め始める楓。春希は慌てながら「覚えてるよ、覚えてる!」と答える。すると、少女はまたにっこりと笑って、目に溜まった涙を袖で拭う。
「ね、ねえ、どうして君は俺の布団に――」
「自己紹介がまだだったよね」
春希の言葉を遮って、少女は続ける。
「わたし、風早楓。見た目は中二だけど、本当は中三なんだぁ。だから、もう大人だよ?」
上目遣いで何かを訴えてくる楓。春希は笑顔を返し、中三はまだ大人じゃないでしょと心の中でツッコミを入れる。
「じ、じゃあ、俺も自己紹介を。俺は――」
「名前は柴田春希。高校一年生で、この世界に来たのは四日前。それと、お花の内容が分かる力を持っている、だよね?」
言い切ってにっこりと笑う楓。今度の笑顔からは確かな不気味さを感じ、春希は乾いた笑いが出る。
「どうして、知ってるのかな」
「お姉さんに聞いたの」
「お姉さん? 瑤香さんのこと?」
「ううん、薫さん」
へえ、薫は楓にお姉さんって呼ばれているのかと心の中で呟く春希に、「ねぇ」と楓が声をかける。ただ、その声は今までより、少しだが低かった。
「どうしてあの女の事を『瑤香さん』なんて呼ぶの? お兄さん、あの女と何かあるの?」
「えっ、い、いや別にそんなこと……あっ」
昨晩、浴場で一緒になって、裸を見そうになったことを思い出し、声が漏れてしまった。それを聞き逃さなかった楓は、凄まじい速さで春希の顔の目の間に移動した。春希は突然目の前に現れた楓の顔に驚く。目が見開いており、威圧感を感じる。
「『あっ』って何? あの女と何かあったってこと?」
「な、何もなかったよ。本当だよ、信じてよ」
「本当? 本当なの? あの女と何もないんだよね? ……嫌だよぉ、わたしをこれ以上見捨てないでよお……」
威圧感が消え、突然泣き始めた楓に春希が動揺していると、春希の部屋の襖がバンッと音を立てて勢いよく開けられた。薫の姿が見えた、その瞬間――
「春希! 大丈夫……か……」
「ん、んぐっ!?」
楓は春希の唇を貪るように自分の唇を押し当て始めた。つまり、楓が春希にキスをしたのだ。その様子を見せられた薫は、春希の部屋の入口で固まってしまっている。
「――ぷはぁっ。……えへへ」
楓は笑い声を漏らすが、その目は笑っていなかった。
「これで、お兄さんはわたしのもの……えへ、えへへ……」
春希は頭が真っ白になってしまった中、ゆっくりと薫の方を向く。薫は両手で顔を覆っていた。隙間から、真っ赤な肌が見える。
「……すまん、春希」
「こちらこそ……なんか、ごめん……」
気まずい空気が春希の部屋を漂う中、楓だけが、顔を弛緩させて笑っていた。
三人が食堂へ向かうと、響を抜いた他の住人は既に集まっていた。葵が机に突っ伏しているため、春希は心配して声をかけようとしたが、その前に葵の腹が鳴ったため、急いでディザイアフラワーを摘みに外に出た。
数十分後、十本ほどのディザイアフラワーを摘んで帰ってきた春希は、少し違和を感じた。それは食堂へ入り、葵を見て分かった。葵の出迎えがなかったのだ。
ディザイアフラワーを食卓の真ん中に置くと、一瞬で三本が消え、料理に変わっていた。それを葵はがっつくように食べ始める。よほどお腹が空いていたんだなと春希は改めて思う。
それから各々一本ずつディザイアフラワーを取って、朝食を取り始める。薫は響に届けると言って席を立った。まだ顔が紅潮していたためでもある。
「なあ、春希よ」
「何?」
京菜がギロッとした目で春希を見る。いや、正しくは、春希の膝の上に座って食事を取っている楓を睨んでいる。
「どうして楓がそこに座っているんだ? 席は余っているんだぞ」
「どうしてって、俺が座ったら楓が勝手に……」
「だって、お兄さんはわたしのものだもん」
「なっ!?」
京菜が手に持っていたパンが机の上に落ちる。
「何を言っているんだ、早急に訂正しろ。春希は私のだ」
強欲故に、自分を欲しがっているのだろうと思いながら、春希はチラッと黙々と食事を取っている瑤香を見る。昨日の言葉について詳しく訊きたくて見たのだが、今はダメなんだと瑤香の様子を見て感じ取り、諦める。なにせ、このような状況に一番先に反応してくるはずの人物が、黙々と食事を取っているのだ。
「ふふっ……あははっ! それはないよぉ。うん、絶対ないよぉ。だって、お兄さんのキス、わたし、もらっちゃったも~ん」
今度の発言は、京菜だけでなく他のメンバーにも多少なり反応があり、食事を進める手を止めて固まっている。ただ、葵は一瞬固まった後にすぐに食事を再開した。
「ど、どういうことだ、春希! 説明を……説明してよ! どうしてなの!?」
「いや、奪われたというか……急だったからさ、よく覚えてないんだよね」
「えー、かなしいなぁ。……あはっ、ならもう一回……」
「や、やめて! ダメぇ!」
京菜が楓に飛びついて、二人は床に転がり、そこから二人のキャットファイトが始まり、薫が帰ってきて二人を止めるまで、それは続いた。




