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◆大滝村は文字通り陸の孤島ですので、海の食べ物は貴重品です。本土からの定期便の荷物のほとんどは、海産物の加工品や缶詰です。
休憩室の古びたソファーセットに裕司を座らせると、藤堂は反対側に腰を掛けた。北山が休憩室のやかんから、湯呑に冷めたお茶を注ぎ裕司に手渡した。
裕司は頭を下げて湯呑を受け取ると、相当のどが渇いていたのか一気に飲み干した。水分を取った事で刺激されたのか、裕司の腹が鳴った。
「すみません……」
恥ずかしそうにする裕司に、宝田がベストのポケットから棒状の携帯食を取り出し手渡した。裕司は包みを破り大きく口に頬張るが、水分の少ない食料なのでむせてしまった。
北山があわてて湯呑にお茶を継ぎ足すと、裕司は湯呑をあおり携帯食を流し込む。
「お茶に浸して、少しずつ食べるんだ」
宝田のアドバイスに裕司はうなずき、残りの携帯食の先をお茶に浸し一口かじった。
部屋にいる人々の視線が、裕司に集まった。裕司は慎重に携帯食をかみ砕き、ゆっくりと飲み込みうなずくと――周りの皆も、うなずいた。
「何か、あったのですか?」
食事を持って休憩室に入ってきた糸川は、奇妙な場の雰囲気に戸惑い訊いた。
「いや、なにも――」
藤堂は立ち上がり、糸川から食事の乗ったトレイを受け取ると、ソファーテーブルに置いた。
「失礼しまーす」
糸川の後ろから、二人の女性と背丈の大きな男が続いて入ってきた。
一人は雪華で、もう一人の女性は左腕に包帯を巻き、首から吊っていた。目鼻立ちのはっきりした、かなりの美人だ。
「――私、覚えています?」
包帯の女性が、いきなり藤堂に尋ねた。
「立山麗奈さん」
藤堂が即答する。昔の面影がしっかり残っていて、腕の包帯がなくてもすぐ分かっただろう。麗奈は、なぜか少し不満そうだ。
麗奈の後ろに立つ大男も、頭をぺこりと下げ挨拶をした。
「じゃあ、少佐さん。この人は誰かわかる?」
麗奈は、無事な方の右手で指し示めした。
「麗奈ちゃん、失礼だよ……」
いさめる雪華に藤堂はいいんだよ、というように右手を上げた。子供のころの雪華と麗奈は、姉妹のように仲が良く常に一緒にいた。その後ろにいつもついていた――雪華の一つ年上だが、背が小さくて泣き虫の男の子――。
「五郎君……かな?」
「はい」
藤堂は心の底から驚いた。今、目の前で返事した男は藤堂より頭一つ大きく、服の上からでも判るくらいがっしりとした体格の青年だ。
「本当に……大きく、なったね」
五郎を見上げる藤堂に、麗奈はしてやったりという表情で笑った。
「糸川先生から話を聞いて、みんなもお腹が空いていると思って、差し入れを持って来ました!」
麗奈は五郎から風呂敷包みを受け取ると、高く掲げた。
「おお、ありがとう。自分らも、腹が減ってきた所だったんだよ」
北山がありがたそうに礼を言う。
雪華も持っていた包みを、ソファーの奥にある大きなテーブルに拡げ、握り飯を取り出した。
裕司は突然にぎやかになった室内に困惑しながらも、糸川の用意した食事を黙々と食べていた。
「騒がしくて、すまないね」
裕司の向かいに座りながら、藤堂は詫びた。
「いえ、にぎやかなのは慣れています……」
一瞬、裕司の顔に笑みが浮かんだが、すぐに沈んだ表情になった。
「少佐さんもどうぞ」
雪華が藤堂の前に、握り飯とお茶を置いた。
「ありがとう、雪さん。いただきます」
藤堂は礼をいい、握り飯を手に取るとかぶりついた。麗奈達も大テーブルに座ると、宝田や北山と一緒に食べ始めた。
◇
千原は、敵船の近くに立つウォーカーの荷台から、身を乗り出して推進機を観察した。AC機関の特徴である、半透明の物質にハンドライトをあて透かしてみた。細かな泡と共に、中で液体が循環しているのが見えた。
次に、船体との接合部をライトで照らした。推進機はあまり汚れておらず、明らかに後から取り付けられた物のようだ。
船体側のメンテナンスハッチを工具で開けると、上半身を中に入れハンドライトで照らした。推進機から船体へと延びるケーブルは、そのままブリッジの方へと続いている。
このケーブルも、新たに取り付けられたものだろう。本体の構造物に、直接針金でくくりつけられていた。
「ふん」
技術者の千原は職業柄、こういう適当な仕事には我慢ができない。千原は真っ黒なケーブルを引っ張ってみた――が、何か感触がおかしい。
ベストから作業用ナイフを取り出すと、ケーブルの被覆をはがした。その下から、本当のケーブルが現れた。
ケーブルには、種類と製造メーカーを示す記号が付いていた。ナイフをしまいメモを取り出すと、記号を記入した。
メンテナンスハッチから身体を引き抜くと、ウォーカーの操縦席に声をかけた。
「前方に見える、大きな窓につけてもらえないかな」
ウォーカーはゆっくりと向きを変えると、千原に指示された窓に向かって歩き出した。船腹に開いた窓の前で止まると、荷台にいる千原が見やすいように高さを合わせた。
船腹を切り抜いた所に木で造られた窓枠をはめ込んであり、本来は引き戸式の窓が取り付けられていたはずだが、船体が転覆した時に外れてしまったようだ。
中に入ろうとすると、下で見ていた江川が無線で呼びかけた。
(――中尉、お一人で中に入らないでください)
江川は、ウォーカーの脚部に取り付けられた取っ手を使い、荷台まで上がってきた。
「自分が先に入ります」
千原はうなずくと、江川が入りやすいように場所を開けた。江川は小銃の先に付いたライトのスイッチを入れると、窓の外から内部を照らした。ライトを左右に振って室内を確認すると、中腰の姿勢で窓枠に足をかけ飛び降りた。
江川は中を照らし、室内を慎重に確認した。
「中尉、どうぞ」
しばらくすると、中から江川が呼びかけた。千原も小銃を構えようとしたが、思い直し小銃をしまい肩に掛けると、窓枠に足をかけ飛び降りた。
室内に入ると右手に持ったハンドライトで、辺りをぐるりと照らした。思った通り学校の教室のようだが、この部屋の机や椅子は片付けられていたようで一つもない。後ろの壁には、子供達の描いた絵が貼り付けられていた。
上下が逆さまになった教室の黒板には、〈ばかやろう〉と大きく書かれていた。
◇
藤堂は二つ目の握り飯の最後の一口を飲み込むとお茶で流し込み、ソファーに座りなおした。向かいに座る裕司も、糸川に用意してもらった食事を食べ終え「ごちそうさまでした」とつぶやくと、箸をトレイに置いた。
「――裕司君。落ち着いたかい?」
「はい」
「じゃあ、詳しい話を聞く前に、確認しておきたい事がある――この村を襲ったのは、君の意志で?」
「いいえ! 違います。言う事を聞かなければあいつらが、みさき達にひどい事をするって言うから……」
「君は、人質をとられ、脅されていた?」
裕司は、藤堂をじっと見つめながらうなずいた。
この少年は、この村を襲撃した犯罪者なのか、巻き込まれた被害者なのか――藤堂は現場の責任者として判断しなければならない。だが、藤堂達はすでに裕司を〈犯罪者〉として扱っていない事に気づいた。藤堂は、裕司を信じる事にした。
「では、裕司君。君は何者でどこから来て、なぜここにいるのかを話してもらえないか?」
裕司はうなずくと、つばを飲み込み話し始めた。
「俺は……僕は、八丈湖市の近くの共同農場にいました……」
◆これで第2章は終りです。お読みいただき、ありがとうございました。
次章からは、なぜ裕司が何百キロも離れた大滝に来たのかを語ります。明日からも、毎日更新しますので、お楽しみいただけたら幸いです。