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◆大滝村と本土では、交通手段の問題があるので、人の行き来はあまりありません。北山曹長は若い頃、二年の任期で本土から大滝村に配属されたのですが、こちらで家庭を持ったのでそのまま守備隊で勤務しています。
藤堂達が会議室に腰を落ち着けると、大滝村周辺の地図を前に北山曹長が襲撃についての経緯を説明した。
「昨日、二十時、大滝村北東部の橋に正体不明のウォーカー一機が現れました――この村への外部からの訪問者は、五十年前の皇国再訪以来、初めての事です――自分と部下三名はウォーカーで現場へ、残りの二名は自警団と共に監視塔にて配置に就かせました。二十時十分現場へ到着。その間、ウォーカーは橋の東側で動かずにいました。相手のウォーカーは非武装でしたので敵対の意志は低いと見て、まず所属の確認と訪問の目的を尋ねました――」
ここで北山は言葉を切り、地図上で橋の東側の岩場を指し示した。
「――返答がないので接近した所、それまで動きのなかったウォーカーが突然走り出し、我々の前を駆け抜けました。そちらに気を取られていると、橋向こうの岩場に隠れていた二機のウォーカーから攻撃を受けました。こちらには遮蔽物が無かったため、監視塔からの援護を受けながら橋のたもとに移動し反撃を開始しました」
藤堂がうなずくと、北山曹長は報告を続けた。
「最初のウォーカーが橋を渡り二十メートルほど進んだ所で、敵の銃撃で村はずれのガスタンクが爆発炎上。ウォーカーは通り過ぎた所でしたので、爆発の影響は無かったはずですが動きが止まりました。ちょうど付近にいた自警団のウォーカーが、体当たりをして転倒させ、動きを封じました。その後しばらく膠着状態が続きましたが、少佐の巡視艇により岩場の二機のウォーカーを撃破していただき、大滝村での戦闘状況は終了しました」
北山の報告が終わると、藤堂が引き継ぎその後続いた敵船との戦闘を説明した。
「――北山曹長、他に気付いた事はありますか?」
一通りの状況確認が終わり、藤堂が尋ねた。
「……自分はずっと日本山脈のこちら側にいますので、実戦はこれが初めてです……そんな自分から見ても、敵は射撃や動きなどに連携がなく、まるで素人のようでした」
北山の感想に、宝田もちらりと藤堂を見てうなずいた。
「ええ、実は私達も敵船との戦闘で、そう感じていました――捉えた捕虜については?」
「捕虜の少年ですが――今はまだ、意識を回復していません。診療所で診察と治療を受けた後、守備隊の拘置室に入れてあります」
ここで少し、顔を曇らせながら北山は続けた。
「捕らえた少年が乗っていたウォーカーなのですが……爆発物が仕掛けられていました。無線式の起爆装置が付いていたのですが、雷管が装着されていなかったので、爆発しなかったようです」
「北山曹長――雷管は、最初から装着されていなっかたのですか?」
ここに来てから一口も話していなかった宝田が、おもむろに口を開き質問した。
「いや、おかしな物が――木の棒にアルミ箔が巻かれた、雷管っぽい物――が装着されていた。もちろん、それ自体に起爆能力はない」
「――うーん。襲撃してきた者達は大型船、武装ウォーカー、銃器など、軍隊並みの潤沢な装備を持ちながら動きは素人。唯一の捕虜は妙な爆薬を仕掛けられた、ウォーカーの少年――とりあえず、捕虜の様子を見に行きたいのですが」
藤堂の提案に一同が立ち上がり会議室から出ようとすると、森田村長が藤堂の手を取った。
「――藤堂少佐殿――偶然にも少佐達が近くにおられて、本当によかった。もし少佐達がいなかったら……」
北山も同意してうなずく。最後に部屋に残った宝田は明かりを消すと、後ろ手に扉を閉めた。
◇
大滝村守備隊は村の警護だけではなく警察業務も兼ねているため、施設は村役場のすぐ隣に建っている。自警団の詰め所も、さらにその裏にある。北山の先導で隊舎に入ると、当直の兵士が立ち上がり敬礼をした。
「捕虜は、気が付いたか?」
「まだです」
「そうか――では少佐、こちらへ」
藤堂が十二年前に勤務した、懐かしい隊員室を抜けて奥の拘置室に向かった。
鉄格子で区切られた拘置室の前には、監視の兵士と白衣を着た女性が立っていた。
「まあ、藤堂さん……いえ、少佐さん」
「以前のように藤堂、で結構ですよ――糸川先生。白衣が様になりましたね」
少し笑いながら、藤堂は自分の服を払う仕草をした。
「――大分慣れてきましたが、父に比べればまだまだです」
白衣を少し持ち上げ、照れながら糸川は答えた。
彼女は村にある唯一の医療施設、糸川診療所の娘で、藤堂が村に赴任していた頃はまだ中学生だった。その後、藤堂家の援助で皇国本土の医科大学に留学し、在学中は何かと面倒を見ていた。
糸川の隣に立ち、藤堂は鉄格子の間から拘置室の中を覗き込んだ。中に置かれたベッドに、頭を手前にして少年が寝かされている。その頭には、真新しい包帯が巻かれていた。
「かなり若いですね――どんな様子ですか?」
「軽い脳震盪だと思われますが、それより肉体の疲労や栄養状態が思わしくないようです」
少年というにはまだ幼さの残る顔には、たしかにやつれた様子がうかがえた。
糸川は少年の顔を見た後、ためらいがちに申し出た。
「――藤堂さん、お願いがあります。彼に栄養剤の点滴を、してあげたいのですが」
少し逡巡した後、藤堂は答えた。
「……いいでしょう。この様子では、目覚めても話ができないかもしれないですし」
監視の兵士が鍵を開けると、宝田を先頭に藤堂と糸川が拘置室の中に入った。糸川は持っていた鞄を開けると、点滴のバッグなどの医療器具を手早く用意して行く。
糸川は少年の左腕の袖をめくり、点滴の針を刺すためアルコール綿で拭き始めると、その手を止めた。少年の瞼が、ぴくぴくと動いている。
「……こ……うた、かなこ……みさき!」
少年は眼を開くと、糸川が握っていた左腕を振り払い、上半身を起こした。
後ろに控えていた宝田が、素早く反応した。
糸川を押しのけると少年の腕を取り、後ろ手にひねりながら壁に押し付ける。
少年は逃れようともがいたが、宝田に体をしっかり押さえられているので、あきらめて力を抜いた。
宝田が、藤堂に指示を求めるように視線を向ける。
「――軍曹、はなしていいぞ」
藤堂の指示で宝田は少しずつ力を抜き、少年をベッドに座った姿勢に戻すと手を離した。
少年は、不安げに周りを見回し自分の両手を見た後、身体のあちこちを確かめるように触った。
「……俺……ウォーカー……爆発したのに……」
先程の北山曹長の報告と、雪華に聞いた、ガスタンクが爆発したときに少年のウォーカーの動きが止まった話を藤堂は思い出した。姿勢を下げ、ベッドに座る少年と目線を合わせた。
「私は日本皇国陸軍少佐、藤堂といいます。君にいくつか聞きたい事が――」
藤堂が話し終える前に、少年は藤堂の腕をつかむと堰を切ったように話し始めた。
「あなたは、あの藤堂少佐なんですか? 助けてください、少佐! あいつらは先生を殺して、俺達を捕まえて――俺がウォーカーに乗らないと、みさき達にひどい事をするって脅して――」
もう一度動こうとした宝田を、藤堂は左手を振って下がらせた。
「落ち着いて話してください――まず、君の名前は?」
つかまれた手に自分の手を重ねて、落ち着かせるようにゆっくりと問いかけた。
「矢上裕司です」
「裕司君――みさきさん……は、君と一緒に来た陸上船に捕まっていた?」
裕司の眼を見つめ、少し緊張しながら問いかけた。
「いいえ、違います。後から来る船に乗っています」
藤堂は息を一つ吐きだし緊張を解いた。先程交戦し転覆した敵船に、人質は乗っていなかったようだ。
だが、裕司は〈後から来る船〉と言った。という事は、他にも敵がいて、まだ戦いは終わらない事を意味する。
「後から来る陸上船は、今どこに?」
「まだ、二日以上後のはずです。途中で、別れましたが……」
藤堂はうなずいた。
「じゃあ、順番に聞いていこう――でも、ここはちょっと手狭だな。北山曹長、休憩室を使わせていただけますか?」
「もちろんです」
移動する前に糸川が裕司の診察をし、何か簡単な食事を裕司のために用意するといって出て行った。
北山を先頭に拘置室から廊下に出ると、裕司が少しよろけた。宝田が裕司の腕をとり支えた。
「大丈夫だから……助けるから」
宝田は裕司につぶやいた。