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◆お読みいただき、ありがとうございます。
この世界では小型の歩行機械、ウォーカーが荒地での一般的な乗り物です。姿形は、立ち合いをする力士をご想像ください。
では、第2章もお楽しみいただけたら幸いです。
(――微速前進。動くものを見逃すな)
千原が装着した無線機から、艇長の指示が聞こえた。
最初に巡視艇の援護で武装ウォーカーが敵船に近づき、次に武装ウォーカーが援護し巡視艇が敵船に近づく。これを交互に繰り返しながら、敵船に近づいて行く。手間がかかるようだが、敵勢力が完全に沈黙したかどうかが判らない今は仕様がない。
敵船が転覆し始めた辺りから、地面には様々な物が散らばっていた。通常、陸上船は航行中にバランスが崩れないよう、装備や積み荷は固定してある。細かな物もあちらこちらへ散らばらないように、収納しておくのが当たり前だ。だが地面には、あの大きな窓を突き破り、外へ放り出されたとおぼしき机や椅子、本などが散乱していた。
船員が長いカギ付き棒を使って、本を一冊拾い上げ千原に渡した。
本の裏表紙には子供の字で〈八丈湖北小学校〉と〈名前〉が書いてある。皇国で使われている、一般的な教科書だった。
八丈湖市は、ここから直線で七百キロほど南にある街で、地下の帯水層の水が荒地の低い所に集まり地面に湧き出し、広大な湖を形作る八丈湖の畔にある。大戦前は豊富な地下水と広大な土地を使い様々な農作物を生産していたが、そのため戦争中に徹底的に破壊し尽くされた。大滝村と同じく戦争後は長らく孤立状態にあったが、今では戦前のように大量の作物を本土に出荷している。
巡視艇は敵船から二十メートルの距離まで近づくと、推進機を停止し着底した。艇体前部のハッチが開き、江川達が小銃を構え警戒しながら敵船に近づいて行った。
しばらく周囲の様子を確認した江川から、千原に無線が入った。
(――千原中尉、調査を始めてください)
ヘルメットと防弾ベストを着けハッチの脇で待機していた千原は、小銃を構えスロープ状になったハッチを下り巡視艇を出た。
千原はきちんと教本通りに小銃を扱っている――弾は装填され、引き金に指をかけない――だが、二、三歩小走りで進むごとに小銃を左右に振って警戒し、こわごわ進む千原を見た江川は、千原に近づくと横目で小銃に安全装置が掛っている事を確認して言った。
「中尉、周囲の警戒は自分達がしますので、どうか調査を優先させてください」
「ああ、うん、そうだね。ありがとう」
複雑な表情でそう言い小銃を肩にかけると、敵船の逆さまになった推進機に向かった。
◇
村の北はずれにある監視塔は、まだサーチライトを点灯して周囲を警戒している。
「篠岡です、少佐をお連れしました。これから、橋を渡ります」
(――了解)
雪華が無線で、橋を渡り村に入る事を報告すると、一瞬サーチライトの光がウォーカーを照らした。雪華はウォーカー操縦し、橋を渡り始めた。ウォーカーのライトで照らされた橋には、あちらこちらに弾痕が残っていた。
橋を渡って少しした所に、燃えたガスタンクが見えた。村はずれに建てられた、有機物から可燃ガスを造る施設のタンクの内、手前の一器が黒く焼け焦げていた。燃えたのはタンクだけで、施設へ大きな被害はないようだ。
大滝村に入ると、荒れ地の景色から一変して、緑豊かな土地に変わる。村の中心部へとつながる道の左右には、なだらかな土地に畑や果樹園が広がり、ぽつりぽつりと明かりのついた石造りの家屋が見えた。
道を進んで行くと、少しずつ民家が増え始めた。襲撃中は屋内に閉じこもっていた人々が外に出て、不安気な表情でお互いに情報交換をしている。
その内の幾人かは、雪華のウォーカーに声を掛けてきた。
「みなさん、まだ外には出ないでください。まだ、警戒態勢は解除されていません。外には出ないでください」
雪華は、ウォーカーに取り付けられたスピーカーで警告をした。しばらくすると、村の各所に設置されたスピーカーも同じ言葉を繰り返し始めた。
人々が不安に思うのも、無理はない。大戦が終わり、五十年前に皇国との接触が再開した後も、大滝村は世界の出来事から離れ、静かに時を過ごしてきた。
今回の襲撃は、大滝村にとってかなりの衝撃だろう。しかも、これで終わりではないのかもしれない。
「少佐さん。もうすぐ、村役場です」
雪華の声に、物思いに耽っていた藤堂が顔をあげると、十二年前の記憶とほとんど変わらない村役場が見えてきた。
深夜にもかかわらず村役場には煌々と明かりがつき、幾人かの人が村役場の前に立っていた。
「雪さん、どうもありがとう」
村役場の前でウォーカーが止まり着座の姿勢になると、藤堂は天蓋を開け後部席から飛び降りた。
「藤堂少佐、お久しぶりです」
村役場の前にいた初老の男が進み出ると、敬礼しながら藤堂に挨拶した。
「北山曹長。お久しぶりです」
北山曹長に答礼すると、隣にいた男が進み出て藤堂に右手を差し出した。
「お久しぶりです、藤堂少佐。せっかくの再訪が、こんな形になってしまって残念です」
「森田村長、本当に残念です」
差し出された右手を握り、藤堂はうなずいた。
北山は陸軍大滝村守備隊隊長、森田は大滝村の村長で、藤堂が十二年前に赴任していた頃から変わっていない。
宝田はウォーカーの荷台から荷物を下ろすと、二人分のバッグを持ち藤堂の隣に並んだ。
「では、こちらへ」
森田村長の先導で、一同は村役場の中に入っていった。
◇
村役場に入って行く藤堂を見送ると、雪華はウォーカーに乗り込みスイッチをいくつか叩いて起動させた。ウォーカーを前進させ、自警団の詰め所に向かう。
雪華は、大きく息を吐き出した。
「ふふ、覚えていてくれたんだ……」
両手を頬に当て、にんまりとしながらつぶやいた。
(――誰が覚えていたって?)
「えっ、あっ!」
予想をしていなかった返答に、雪華は驚いた。無線用のヘッドセットを着けたまま、独り言をいってしまったようだ。
(――よかったねぇ。雪ちゃん、ずっとそわそわしてたもんね)
「もう、麗奈ちゃんやめて!」
雪華は頬を赤く染めて怒った。
(――こら、お前達! まだ警戒態勢中だぞ。私語は慎め)
(――うへぇ、怒られた。雪ちゃん、詰め所で待ってるからね。通信終わり)
「もう……」
溜息をつきながらも、雪華はほほ笑んだ。