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銀のコイン ―陸上戦闘艦「黄龍」起動―  作者: くまかご
1 最善の選択を……
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1-4

◆AC機関は、陸上船を駆動させる大きなものから、手のひらに乗る小さな物まで使い勝手は抜群です。

(――このまま、近づきます)


 無線で、艇長から報告が入った。

 巡視艇は土煙でけぶる敵船を照らしながら、微速で近づいて行く。AC機関を動力にする陸上船は、可燃性の燃料を必要としないので、これだけ激しく転覆しても火が出る危険性は少ない。

 艇上では船員達が銃を構え、周囲を警戒している。敵船から五十メートル程の所で停船し、再度探照灯で辺りを照らした。右、左とゆっくり動く光の中に敵船の姿が浮かび上がった。


「何もかも、ひどい。滅茶苦茶だ」


 宝田が、誰に言うともなくつぶやいた。敵の戦闘、状態の両方を指しての言葉だろう。


 敵船は、甲板の上にあったブリッジなどの構造物が完全に船体の下になり、転覆寸前まで動いていた推進機も今は止まっていた。周りには船が転覆した時に飛び散った、様々な物が散乱していた。

 しばらく周辺を警戒した後、艇長から無線が入った。


(――少佐。周囲に、他の陸上船の反応はありません)


「了解――」


 艇長に念の為、降服勧告を再度行うように無線で指示をした。

 藤堂は小銃を肩にかけ立ち上がると、今後の行動を相談しようと江川を隣に呼び、腕時計を見た。


「あと八時間ほどで、夜が明ける。それまでに、敵船の捜索を終了して大滝村に入らないといけないが……」

「そうですね――この艇の人数では、心もとありませんが――何かあった時に、十分な対応が困難です。せめて、武装ウォーカーの援護が欲しいところです」


 藤堂はうなずく。


「大滝村守備隊に、聞いてみよう。宝田、俺はブリッジに戻るがお前は……」


 後ろに控えていた宝田の小銃の銃口が上がり、藤堂に向いた。


「しゃがんで!」


 宝田は、小銃を構えたまま藤堂の頭越しに一歩踏み込むと、短い連射を繰り返した。

 先程まで藤堂の頭があった辺りで、銃弾が巡視艇の壁に当たりはじける。

 宝田が小銃弾を撃ち込んだ先から、短く細い悲鳴が聞こえた。


「警戒を、厳とします」


 江川が申し訳なさそうに頭を下げた。周りの船員も小銃を構え直し、他にも動くものがないかを警戒した。

 藤堂は右手をひらひらと振ってうなずくと、しゃがんだまま宝田にもうなずいた。


「軍曹、ありがとう」


 宝田が差し出した左手につかまると。立ち上がりながら藤堂が礼を言った。


(――大丈夫ですか、少佐)


 下で新たに起った銃声を聞き、ブリッジから艇長が覗き下ろしながら無線で尋ねた。


「大丈夫だ。艇長、大滝村の状況はどうだ?」


 少しの間の後、艇長が答えた。


(――大滝村への攻撃は、あのウォーカー以外にはありませんでした。火災も、今は鎮火しています)


 大滝村の状況も、とりあえず落ち着いたようだ。さらに艇長は続けた。


(――少佐、大滝村で捕虜を一人捉えたとの事です。ウォーカーを迎えに出しますので、少佐にお越しいただけないかと、守備隊から要請が来ています)


「了解した。大滝村に、迎えのウォーカーと一緒に、武装ウォーカーを一機寄こして欲しいと伝えてくれ」


 捕虜を尋問する事で、この襲撃者が何者か分かると良いのだがと、藤堂は考えた。この襲撃そのものが、腑に落ちないからだ。

 大滝村は荒地に作られた人工の村で、周囲数百キロにわたって何もない。荒地の中でいちばん近いのは七百キロほど南にある八丈湖市だが、わざわざここまでやってきて攻撃を仕掛けるだけの船もなく、なにより理由が無い。


 藤堂は首に下げていた双眼鏡で、敵船を観察した。船体の側面に取り付けられた、推進機に目が行く。古ぼけ、さびの浮いた船体に比べ、そこだけ異質で新しい。


「軍曹。あの船の推進機は、おかしくないか?」

「確かに、見た事のない型ですね――独自に、開発したのでしょうか?」


 宝田も、双眼鏡を覗きながら答えた。


「――何処で? 誰が?」


 陸上船やウォーカーの動力はすべて、AC機関が使われている。大戦前の技術がほとんど失われた今、皇国が作る事のできるAC機関は、かつての物とは比べ物にならない程の低出力だ。

 あれだけの大型船を浮上させ、動かすだけの力を持つ推進機は、おいそれと開発できる物ではない。


「艇長――千原中尉に船舷に降りてきてもらえるよう、伝えてくれ」


 藤堂は、通信機で艇長に呼びかけた。すぐに船舷に降りてきた千原に、藤堂は双眼鏡を渡して尋ねた。


「あの船なのですが……」


 双眼鏡を覗きすぐに推進機に気付いた千原は、そうすればもっとよく見えるかのように船舷の手すりから身を乗り出した。藤堂は、慌てて千原の身体を押さえた。


「あの推進機は、皇国の物ではないぞ。後から取り付けられた物のようだね。船体は――大戦前の陸上巡視船のようだが、ここからではよく見えない……」


 双眼鏡から目を離すと、千原は少し興奮気味に藤堂に向きなおった。


「だめです、千原さん。大滝村から応援が来るまで、待ってください」


 口を開きかけた千原の機先を制して、右手を上げて藤堂はたしなめた。


「しかし、あれが皇国の物では無いとすると……他国で、作られた物でしょうか?」

「どうだろう……まず、皇国内で新たに開発された物であれば、我々が知らないはずが無い。他国で作られ、皇国への攻撃に使われたのであれば、それは……」

「……皇国に対する、戦争行動です」


 藤堂はうなずくと、ブリッジへ向かった。


 ◇


 なだらかな丘を越え、二つの光がゆっくり左右に揺れながら、巡視艇に近づいてくる。


「大滝村のウォーカーが到着しました」


 ブリッジに上がってきた宝田が、報告をした。

 今後の行動を艇長と打ち合わせしていた藤堂は、ブリッジの窓に近づき見下ろした。ちょうど二機のウォーカーが、巡視艇の左舷に停止する所だった。一機は大滝村守備隊の武装ウォーカーで、もう一機は一般の作業用ウォーカーが見えた。


「では、艇長。後はよろしく」

「了解しました。状況確認が終わり次第、夜明け前に大滝村へ向かいます」


 艇長にいとまを告げ、ブリッジを後にする。

 私室に戻り身の回りの品をバッグに詰め始めると、机の上の書きかけのスピーチ原稿に気付き目を止めた。少し考え、原稿の最後に一行書き足し鉛筆を置いた。

 船舷に出ると、守備隊の武装ウォーカーは江川から説明を受け、敵船の捜索に加わるため動き出していた。

 藤堂は、双眼鏡を片手に敵船のメモを取っている千原に声をかけた。


「なにか、気づいた事はありますか?」

「ああ、あの船の船腹を見てくれ」


 肩にかけていたバッグを下に降ろすと、千原から渡された双眼鏡で敵船を観察した。船腹――船の胴体部分に、大きな窓が等間隔で並んでいる。戦闘用の船には、あるはずのない構造物だ。


「あの窓は、なんでしょう?」


 双眼鏡を千原に返し尋ねた。


「大戦後、動かなくなった船体を改装して、建物として使っていたのではないかな」


 確かに、大きさも構造も、建物として使うにはちょうど良いかもしれない。


「とにかく、調べてみないと何とも言えないね――でも、何故夜明けまでに終わらせないといけないんだい?」


 あくびを噛み殺しながら、千原は尋ねた。


「風が吹くからですよ――ああ、そうだ。自分は先に大滝村に向かいますので、この後は千原中尉が私の部屋を使ってください」


 藤堂は千原に少しおどけた敬礼すると、バッグを肩にかけた。そして、くるりと振り返り、迎えのウォーカーに向かった。



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