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銀のコイン ―陸上戦闘艦「黄龍」起動―  作者: くまかご
4 荒野に少女……
16/43

4-2

◆橋を架けるための最初のロープを向こう岸に渡すため、様々な方法が試されました。最終的には「凧」を使いました。その時は、お祭り騒ぎで、村中の人が見に来たそうです。

 雪華は橋の手前でウォーカーを停止させ、着座の姿勢にした。ほどなくして、宝田達のウォーカーもやってきて停止した。

 藤堂はウォーカーから飛び降り、大きく伸びをすると空を見上げた。雨のまったく降らない荒地は、雲一つない真っ青な青空だ。橋に向かって歩きながら、強い日差しを避けるために帽子をかぶった。


 眼前に広がるごつごつとした渓谷は、大地を切り取るように左右に延々と続いている。確かにこの辺りは他と比べて幅が狭くなっているようで、〈橋〉を作るには最適だろう。

 橋のたもとに立つと、やぐらを見上げた。炭素系の建築材で造られているのだろう、黒いやぐらは思ったよりも大きかった。やぐらから延びる黒いケーブルは、緩やかな弧を描きながら遥か向こう岸へと続いていた。

 こうして実際に見ると、『なかなか立派』どころか『かなり立派』な建築物だと藤堂は思った。


「――壮観ですね」


 渓谷を見た宝田が、感嘆したようにつぶやいた。


「大昔の〈ダイキボナ、チカクヘンドウ〉……で、できたそうです」


 雪華が、学校で習った事を思い出しながら説明した。

 裕司は目の上に手をかざして、一心に渓谷の向こうを見つめていた。


「――少し早いが、昼食にしよう」


 腕時計を見て、藤堂は告げた。それぞれのウォーカーから食料を取り出し、岩が作る日陰へと運ぶ。

 裕司は、まだ渓谷の向こうを見つめていた。


「ここからでは、陸上船は見えない――大丈夫だ、陸上船の進路は分かっているから、向こうに渡ればすぐに見つけられる」


 宝田が、食事の準備をしながら声を掛けた。裕司はうなずくと、日陰へと足を向けた。

 藤堂は、水筒をあおり水を飲むと、こちらへ歩いてくる裕司を観察した。ウォーカーの中でいくらか休めたのだろう、初めに見た時よりも血色が良くなっているようだ。

 日陰に腰を落ち着けた裕司に、宝田が水筒を手渡した。裕司は礼を言い、水筒に口をつけ大きくあおった。


「――そうだ、裕司君。大滝村に着いたのは、ちょうど今頃の時間だったかい?」


 思い出したように、藤堂が尋ねた。


「はい、昨日の昼前です」

「君達より前に、大滝村に斥候は来ていた?」


 藤堂は、ちらりと雪華に目をやり尋ねた。


「いいえ……僕は、聞いていません」

「そうか、ありがとう」


 雪華が言っていた〈影〉は、共和国とは関係ないようだ。では、大滝村の人々は、何の〈影〉を見たのだろうか?


 ◇


 少しばかりの休憩の後、雪華の指導で渓谷を渡るための準備を始めた。宝田達のウォーカーは、操縦を交代するのか、裕司が説明を受けていた。

 ウォーカーの前後には、一対ずつ装置が装着されている。このローラーの付いた装置でケーブルを掴み、挟んで固定するようだ。


 渓谷を渡る準備が済み、最初に裕司と宝田がウォーカーに乗り込んだ。

 裕司は巧みにウォーカーを操り、二本のケーブルの間に移動した。ローラーとケーブルの高さと幅を合わせると、装置を固定した。

 雪華が装置を確認して、操縦席の裕司にうなずきかけた。裕司もうなずき返すと、ウォーカーの脚を折り曲げ始めた。

 ケーブルのきしむ音と共に徐々に脚が上がり、完全に宙づりの状態になった。雪華はもう一度、裕司にうなずきかけた。


 その瞬間、ウォーカーは物凄い勢いで〈飛んで〉いった。一瞬、宝田の叫び声が聞こえた気がしたが、彼らの乗ったウォーカーは既に彼方だ。


「少佐さん、私達も行きましょう。ウォーカーに乗ってください」

「……あ、うん」


 ケーブルの固定が済み、ウォーカーの脚が上がり始めた。コンコンとケーブルの中を反響する音が、機体を通して直接響いてきた。


(――少佐、こちら宝田。渓谷を渡り終えました。どうぞ)


 無線で、宝田が報告した。


「宝田、こちら藤堂。了解した、これから渓谷を渡る。以上」


 操縦席からこちらを見つめる雪華に、藤堂はうなずいた。


「――では、行きます」


 悲鳴だけは上げまい、と藤堂が心に決める間もなく、ウォーカーは渓谷の上に飛び出した。少々の浮遊感と共に、ウォーカーはケーブルに沿って疾走した。

 周りの景色が大きすぎるので分からないが、かなりの速度が出ているようだ。そして、想像していたより〈怖くない〉――どちらかといえば、爽快な感覚だった。


「……空を……飛んでいるみたいだ……」


 現代の皇国では使えなくなってしまった〈飛行機〉とは、こんな感じなのだろうかと藤堂は思った。


「本当に飛んでいるみたい! 少佐さん、どうですか? 凄いでしょう!」


 雪華は、楽しげで、誇らしげだ。


「うん……本当に凄いね。こんな景色、見た事がないよ」


 渓谷の底までは、二百メートル以上はあるだろう。だとすると、あの小さく見える岩もこのウォーカーの何倍も大きいに違いない。

 ウォーカーは橋の中間を越えると、徐々に速度が落ち始めた。雪華はローラーに付いたモーターのスイッチを入れ、橋の最後の行程を進めた。

 対岸の終点には、宝田達がウォーカーの外に立ち待っていた。裕司は、少しニヤついていた。宝田は、いつも通り表情の読めない生真面目な顔つきだ。


「どうだった?」

「……とても……貴重な体験をしました」


 そう答える宝田の後ろで、裕司が声を押し殺して笑っている。


「そうか、良かったな。では、これからの計画だが――」


 藤堂は雪華から地図を借りると、現在地と陸上船が通るルートを確認した。

 陸上船が今日の行程を終え、停船する前に見つけなくてはいけない。とはいえ、航行中であれば砂煙が上がるので、かなり遠くからでも見つかられるはずだ。

 これからの進路を確認し終わると、それぞれのウォーカーに乗り込んだ。

 ウォーカーは再び歩き始め、単調なリズムが藤堂を揺らした。しばらくすると、先程橋を渡った時の緊張の反動か、藤堂はうとうとし始めた。


 ◇


 ――熱い、身体中が熱い。


 高台から眺める街には、あちらこちらから火の手が上がり、一部は炎を巻き上げ激しく燃え夜空を照らす。

 火の粉をともなった熱風が、藤堂の身体に打ち付けた。

 時折、空から銀色のロケット弾が落ちてきて、新たな火の手が上がる。


(……ここは、自分の街だ……)


 藤堂は、はっとして振り返った。

 そこには自分が生まれ育ち、そして、愛する妻と暮らした懐かしい屋敷があった。

 火の手もここまでは及んでおらず、屋敷には優しい明りが灯っていた。

 屋敷の二階の窓、藤堂と妻の部屋に人影が見えた。

 こちらに、手を振っているようだ。

 藤堂も手を振り返そうとした時、ロケット弾が直撃し屋敷は炎に包まれた。

 屋敷に向かって駈け出そうとするが、足は泥の沼にはまりこんだようにまったく動いてくれない。

 激しい炎に包まれて燃え上がる屋敷に向かって、藤堂は妻の名を叫んだ。


『美咲!』


 藤堂は、激しく息をついて目を覚ました――そして、深くため息をついた。


(いやな夢だ……俺はあの時、あそこにはいなかった。俺は……敵の背後を突くため、戦機を率いて移動中だった……)


 首に掛けたタオルで、汗でびっしょりになった顔を拭った。


(あの日に戻れたら……この後どうなるのかを、知っていたら……俺は、美咲を連れて、すべてを捨てて逃げただろうか……)


「……少佐さん?」


 心配そうな顔で、雪華が覗きこんだ。


「いや、大丈夫だ。少し……夢見が悪かっただけで……驚かして、すまなかったね」


 もう一度顔を拭こうとタオルを持ち上げると、藤堂の胸元がキラリと光った。

 チェーンに付けられた、二枚の銀色のコイン。普段はシャツの下にしまってあるが、タオルに引きずられて出てきてしまったようだ。

 藤堂は、コインを指でつまんでぼんやりと眺めた。


「綺麗ですね……。〈銀のコイン〉ですか?」

「ああ、一枚は俺がもらったもので、もう一枚は……俺があげたものだ」

「本土では、結婚する時に贈り合うんですよね……」

「うん、百年前――大戦の後、指輪を贈る事ができなかった時代に始まった風習なんだ……」


 藤堂はコインを握りしめ、シャツの下にしまった。

 腕時計を見ると、一時間ほど眠っていたようだ。


「すまない、雪さん。そろそろ操縦を代ろう」


 藤堂は、雪華に呼びかけた。雪華が振り向いて返事をしようとした時、ウォーカーの上を影が横切った。

 軽い衝撃と共に、ウォーカーが少し揺れた。


「少佐……」


 雪華が、藤堂の後ろを指差した。

 藤堂が振り向くと、ウォーカーの荷台に、一人の少女が立っていた。



◆短いですが、これで第4章は終りです。お読みいただき、ありがとうございました。

次章では、少し話が動きます。

お読みいただければ、幸いです。

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