4-1 ※大滝村~八丈湖市地図
大滝村守備隊の休憩室の窓は開け放してあり、少し肌寒い風が吹き込んでいる。雪華が立ち上がり、鎧戸を閉じて窓を閉めた。
ここまで話し終えた裕司は、いったん言葉を切り、手に持っていたお茶を飲んだ。
想像もできなかった裕司の話に、休憩室の一同は黙りこくっている。
あまり口を挟まずに聞いていた藤堂は、考えをまとめるように少し目を閉じた後、裕司に尋ねた。
「では、その後は陸上船に捕まっていた、という事か……」
「はい。鳴海さんが担当の、調理室にいました。昼は調理室を手伝って、夜は食堂で寝ていました」
「裕司君――君が捕まっていた陸上船――日本共和国と名乗る彼らは、どれくらいの勢力で大滝村に来たか分かるかい?」
「僕達を捕まえた陸上船――八丈では見た事がない船――に、途中で僕達が学校を改造した陸上船が合流して、二隻で来ました」
「大滝村を攻撃したのが、一隻だけだったのは?」
「途中で、僕達の乗った陸上船の推進機が故障したからです。あの、大きな渓谷から一日くらい手前の所でした」
藤堂はうなずいた。大滝村の南には、数キロから数百メートルまで幅がまちまちの、長く続く渓谷がある。
「修理には、三日程かかるという事で、その間にもう一隻が先に……せ、せ……」
「斥候だね」
「はい、斥候に出る事になりました。その時に、僕はウォーカーが操縦できるから、一人だけそっちに乗せ替えられました――本当は、先に来て見張りをするだけだったんです。でも、大滝村に着くと乗組員――僕を捕まえた兵士――が『この村は大した事ないぞ、自分達だけで占領すれば分け前が増える』って言いだして……」
「それで、もう一隻を待たずに攻撃してきたのか」
「僕は、敵の目を引き付けるために、一番大きな敵の前を走り抜けろと言われました。僕のウォーカーに、武器はついていないから攻撃されないと」
北山曹長が、藤堂に目をやる。藤堂は少し考え、うなずき返した。
「君のウォーカーに……爆発物が仕掛けられていたのは、知っていた?」
裕司は絶句し、首を振りながら答えた。
「……単なる脅しだと……思っていました……。奴らは事あるごとに『お前が逃げようとしたら、ガキ共もお前も吹っ飛ばしてやるからな』と言っていました。本当に……仕掛けられていたんですか? でも、あの時爆発したのは……?」
裕司は、混乱しているようだ。北山が引き継ぎ、説明した。
「あの時爆発したのは、近くにあったガスタンクだよ。流れ弾が当たったんだ。今話した爆発物は、君のウォーカーの脚部の間に仕掛けられていた。でも、重要な装置がついていなかったので、爆発しなかったようだ。爆発物に気付いた君が、細工したのかと思ったが……」
「違います……まったく気付きませんでした」
藤堂はうなずくと、北山に向きなおった。
「そうだ、北山曹長。ここしばらくの、八丈基地との定時連絡は通常通りでしたか?」
「はい、通常通りでした。とはいっても、普段から『異常なし』の二言三言でしたが――ですが、今の話と符合する事がありました」
「と、言うと?」
「ちょうど、八丈湖市が攻撃された頃を境に、担当の通信士が交代したのです」
大滝村と北海道の間には、一万メートルを超える日本山脈があり、直接通信する事ができない。そこで通信は日本山脈を避ける形で、大滝村から八丈基地、東海道と中継されて北海道へと伝えられる。
「少佐ご出発の連絡も、きちんと伝えてきました――怪しまれたくなかったのでしょう――今後の通信は、どうしますか?」
藤堂は腕を組み、右手であご先を摘んだ。藤堂が考え事をする時の癖だ。
「大滝村が襲撃された通信は、しましたか?」
「はい、銃撃を受けた時点で、緊急通信として報告しました。その後の事は、少佐にご報告してからと思い、通信はしていません」
「……では『正体不明者による襲撃あり。陸上船、一。小型ウォーカー、三。他、不明。陸上船、操作を誤り自沈。ウォーカー、三は撃破。すべて、生存者なし。戦闘状況、終了』と報告してください。その後は『調査中、詳細が判明次第報告』としてください」
少し考えた後、藤堂は指示した。
「了解しました」
北山が、敬礼して了承する。
「裕司君、もう少し聞きたい事があるのだが」
「はい」
「みさきさん達が捕まっている陸上船だけど、どんな船なのか、どんな武装――武器を積んでいるか、分かる事を教えてくれるかい?」
「大きな陸上船です。学校を改造した陸上船と、同じくらいの大きさです。でも、学校みたいに古い船を改造したのではなく、もっと新しい感じでした。武装については、よくわかりません――でも、武器を積んだウォーカーは四機ありました」
裕司は分かる範囲で答えたが、敵の戦力を知るには不十分だ。
藤堂は、もう一度腕を組みあごを掻いた。
「――藤堂少佐、意見具申よろしいでしょうか?」
宝田は立ち上がると、藤堂に向きなおり申し出た。
「うん、何だ?」
「敵の――共和国の陸上船には、皇国の民間人が人質として拉致されています。共和国陸上船との戦闘の前に、人質の救出を進言します」
宝田が礼をすると、裕司も立ち上がり、見様見真似で同じように礼をした。
「ああ、裕司君、座って――妹さん達の事は、考えていた――」
藤堂は手を下に振り、ソファーに座るよう促した。
「――北山曹長、大滝村から八丈湖市までが描かれている地図をお願いできますか?」
北山はうなずくと、部屋のはじに控える兵士に指示をした。すぐに兵士は、大きな地図を持って戻ってくると机の上に拡げた。
「人質の救出と敵戦力の偵察、両方で行きたいが……もう一隻の陸上船がいま何処にいるか、おおよその位置はわかるかい?」
「はい……」
しばらく考えた後、裕司は地図の一点に指を置いた。
「修理に三日かかったとすると、明日の夜までにこの渓谷に着きます。明後日には渓谷の端まで、三日後の昼ごろには大滝村が見える所まで来ます」
藤堂を始め、一同が地図を覗き込む。八丈と大滝村の間には渓谷があるので、それを大きく迂回する進路を示した。
「これからの事を考えると、できるだけ早く陸上船に接触したいが……」
後ろから地図を覗き込んでいた麗奈が、雪華を肘でつついて地図を指差した。
指が指す部分を見つめた雪華は、麗奈と顔を見合わせうなずいた。
「どうした? 何か気付いた事でも?」
雪華達の様子に、藤堂が振り向いて尋ねた。麗奈がすっと身を引き、結果的に雪華が一人で前に立つ形になった。
「あ、あのう、はい。気付いた事があります!」
雪華は、思わず敬礼して答えた。一瞬の間が空き、雪華は真っ赤になって敬礼を解く。
「――どうぞ、お願いします」
藤堂は、目元に笑みを浮かべながら促した。
「明日の夜までに渓谷の――この辺りに来るんですよね?」
先程、裕司が示した所に指を置くと、雪華はそのまま左へ渓谷をなぞり、幅が狭くなっている所で止めた。
「――ここに、ウォーカーで渡れる橋があります」
◇
太陽は天頂近くまで登り、熱せられた荒野の地面から陽炎が立昇る。
藤堂は後部席に備え付けられたミラーで、後ろの様子を確認した。ゆらゆらと揺れる空気越しに、宝田と裕司の乗るウォーカーが見えた。
前部の操縦席に座る雪華は、時折クリップボードに挟んだ地図と地形を見比べながら、迷う事なくウォーカーを進めた。大滝村に入る時も乗せてもらったが、軍人の藤堂から見てもかなりの腕前に感じる。
「ウォーカーの操縦は、いつ覚えたの?」
「……乗り始めたのは、二年前です。父の遺したウォーカーを、乗らないままにして置くのは悪い気がして。それで、免許を取って乗り始めたんです」
「……そうか、二年前か……お父さんは、残念な事だったね」
「はい、ありがとうございます……あの時、少佐さんには本当にお気遣いいただいて」
「ああ、雪さんのお父さんとは、古い知り合いだったしね」
何気ない会話のつもりだったが、雪華に辛い事を思い出させてしまい、藤堂は申し訳なく思った。
雪華も藤堂の気持ちを感じ取ったのか、努めて明るい口調で続けた。
「でも、本格的に乗り始めたのは、その後なんです。麗奈ちゃんが『橋を作ろう』って言いだして」
「橋を? これから渡る?」
「はい。村中を巻き込んで、大騒動でした。結局、記念なんとかって大げさな名前がついて、みんなで手分けして作ったんです」
「それで、作業のためにウォーカーを?」
「ふふっ、楽しかったですよ。学校が休みの時は、テントを建てて泊まり込みで作業をしたり――」
藤堂はふんふんと、相槌を打った。
「――その時、おじさん――麗奈ちゃんのお父さん――に、ウォーカーの整備を習って。それで今年からは、立山モータースで整備士見習いです」
「……ああっ、しまった!」
「どうしたんですか?」
藤堂の声に、雪華が驚いて振り返った。
「就職のお祝いを用意していたのだけれど、巡視艇に置いてきてしまった……」
「そうなんですか――じゃあ、楽しみにしていますね」
しょんぼりとする藤堂とは対照的に、雪華は微笑んで前に向きなおると、再び地図を取り出して地形と見比べた。
「――少佐さん、橋が見えてきましたよ」
雪華が、前を指差した。
藤堂は、雪華が示した方角に目をこらした。しばらく前から渓谷は見えていたが、橋らしき物は何も見えない。
「ほら、あそこです。あの大きな岩の右側、少し小高くなっている所です」
言われて見ると、確かにやぐらのような構造物が二つ見えた。そこから黒い線が、渓谷に向かって伸びていた。
「……橋?」
「はい、橋です」
少し自慢げな雪華に、藤堂は威厳を持って答えるしかなかった。
「なかなか、立派な、橋だね……」