第二章 もう一つの出会い
第二章 もう一つの出会い
二千十四年八月十八日。
現在十七歳の卯月真介は、アイスをくわえながら、ソファーの上うなだれいた。
今頃、学生諸君は部活やら夏期講習やら塾やら、さぞかし忙しくしていることだろう。元学生の真介にはその大変さはわかるが、それは、彼にとってもう遠い過去のように思えた。
というのも、真介は高校を中退して早一年のニートかつ引きこもり生活を満喫しているからだ。早く無職から抜け出さなければ! と思うときもあるようだが、まぁ無理だろう。彼には自宅警備員がお似合いだ。なんせ人とのコミュニケーションは母、姉この総勢二人としかとっていない。こんな奴が面接なんて出来るわけがないだろう。
「干からびる……」
母にクーラーは我慢しろと言われたが、これじゃあまるでサウナである。
少し位つけてもいいんじゃ……うん、そうしよう。クーラーを付けたことにより、部屋が快適になった。
「暇だし溜めていたアニメでも見るか!」と真介が思った途端、家のインターホンが鳴った。
「すみませーん、誰かいますか?」
彼は、どうせ宅配便かセールスマン、そうでなければ宗教の勧誘で、こんなヒキニートに会いに来るやつは大抵それだと思ったらしく居留守をした。
それからアニメを一話見終えた後も、まだその「少年」は、インターホンを鳴らし続けていた。
「電気点いてるからいると思うんだけどな……。すいませーん!」
「あ、電気。クッソバレてやがる……」
「しゃーないか……」
そう思いながら真介が玄関の扉を開けると、そこには、おそらく中一、中二ぐらいと思われる少年がいた。
「あ、すいません。ある女の子を探していて、この子なんですけど……」
そう言って少年は、自分と同じくらいの歳の、ポニーテールで色白の少女の写真を見せた。
「わかんねーな、すまん」
「あの……その、良かったら探すの手伝ったりしてくれませんか? その、お兄さん優しそうですので……」
俺? 優しい? そんな要素ないんだが……。しかし、優しいとはな。きっとそうなんだ! そうに違いない! と、彼が有頂天になっていることも知らずに、少年は話を淡々と進める。
「逸れたのは向うの世界で、その子と走ってたら襲われて、僕は気づいたら空間の狭間みたいな所にいて……」
「あ、すいませんまだ手伝ってくれるって言ってないのに、勝手に話を進めて……」
「いや、手伝ってやるのはいいけど、説明してくれよ、逸れた場所とか」
「え? 説明しましたけど? あ、言い忘れてました。僕はこの世界の住人じゃないんです。もう一つの世界から来ました。貴方達の世界で言うと……うーん……。あ! パラレルワールド!」
真介は目を見開いている。
「信じてもらえないかもしれないけど……」
と言って、少年は、都市が荒れ地なっている写真や、さっき言っていた〝空間の狭間〟とやらの写真を見せた。こんなの加工だろうと思うかもしれないが、真介は信じざるを得なかった。
――――自分の家 紛れもなく、〝自分の家〟が写っていた。
それもインチキじゃないのか?と思うかもしれないが、なぜか真介は合点がいったのだ。
「俺の家が……」
真介は深刻そうな表情で呟いた。
「信じてもらえましたか?」
「でも、これがもし本当なら、彼女はもう生きてないんじゃねぇか?」
「それは……」
と、少年が黙った瞬間、彼のポケットに入っていた携帯がけたたましく鳴り響き、画面に妙な映像が流れた。
「よお、探したぜ」
この少年の知人であろうか?
「まぁこれを見ろ」
そういって、その映像に映っている屈強そうな男は、ポニーテールの色白の少女を連れてきた。
先程少年が真介に見せた写真に写っていた少女に似ている。
「似ている」と表現したのは、画面に映っている少女には『牙』があるからだ。人間のものではないような。
「エマ……!」
少年が呆然と立ち尽くしている。
この少女が探してた人なのだろう。
「では、取引しよう。世界を賭けて――――」
♦
『生きる』か『死ぬ』私は、最大の選択を迫られた。
「まぁ、お前にとっての利益は、ユウトってガキに逢えることだな」
そういえば、ユウトは無事なのだろうか。逸れた私を探しているのだろうか。今は、自分の心配をするべき状況なのだろうが、私は自分よりユウトが心配だ。
「どうしたら会えるんですか?」
「僕たちの仲間になるなら会えるよ」
仲間? おそらくこいつらはテロリストに違いない。だから、余計にユウトのことが心配だ。
「なります! だから、ユウトに逢わせて……!」
屈強そうな男はニヤついた。
「よし、やれ」
「全く、人遣いが荒いんだから……まぁ人じゃないんだけどさ」
私は少年に噛みつかれ、血を吸われた。
「あぁ……」
不思議な感覚だ。意識が朦朧とする。
「ユウト……ごめんね」
私の意識は、また暗闇へと消えていった。
♦
――――私は誰だろう。
そもそも生き物だろうか。感触がない。目はある。多分。でも、開けようとしても、ピクリとも動かない。
「やったな、これで計画にだいぶ近づいた」
会話が聞こえる。どうやら『耳』もあるらしい。そうこうしていると、やっと目が開いた。自分の周りには水しかない。海の中だろうか? そうだとしたら、会話が聞こえないはずだ。
すると、遠くから一筋の光が見えた。水槽だ。水槽から反射して、自分の姿が写った。人間……? いや、人間には『牙』なんてないはず。
「ほら、『血』だ。飲め」
誰かから何か赤い液体を飲まされた。なかなか美味だ。私は人間ではないのか?
では、私は何だ? 数時間考えたが、分からなかった。
そうして、私は自分が何であるか考えるのをやめた。
♦
『近々、そっちの世界に行く。まぁそれまでに最後の余生を楽しむことだ』
「お前、エマに何したんだ! 僕だよ! ユウトだよ! エマ!」
少女は、無言のまま答えなかった。
「人違いじゃねえのか?」
「そんなわけないよ!」
二人が口論しているうちに、映像が消えてしまった。
「消えちまったな」
すると、差出人不明のメールが、真介の携帯に届いた。
そのメールには、こう書かれていた。
『世界を救う方法はある。だが、それは君たちにしかできない。次の四人を探して、仲間にすることだ。では、健闘を祈る』
そのメールには、画像も添付されていた。どうやらその四人の顔写真だ。
「おいユウト、これ見ろ」
「これって……」
ユウトは何か知っているような声音で言った。
「何か知ってんのか⁉」
「いや、別知らないけど……。でも、何もしないよりかは、何かしらした方がいいよね」
「まぁそれもそうだが……」
探すにしろ名前も住所も分からないのに、探しようなんてない。
でも、諦めるわけにはいかない。なんせ、世界の命運を背負っているのだから。
真介は言った。
「今日は遅いし、明日からこいつらを探しに行こう」
ユウトは暗い表情をしていたが、少し明るくなったように思えた。
「お兄さんの家に泊めてもらえないかな……。僕家ないし……」
ユウトは、その『滅びた世界』から来たのだから、家がないことはわかっていた。
真介は思う。泊めるとなると問題が生じる。姉たちだ。あいつらはかなり面倒だ。今回の場合なんか、さて、どう説明したらよいものか。
しかし、野宿させるわけにはいかない。
真介は、「迷子だから、親が見つかるまで泊めてもいいか?」とでも言っておくことにした。
「まあ家に来いよ」
「ありがとう! あ、名前きいてなかったね。教えてくれないかな……?」
「卯月真介だ。まぁ宜しくな」
「うん、真介! 宜しく!」
それから二人は帰り道、色々他愛もない話をした。