1章
二千十四年八月十日。
――――真夏日。
私はイヤホンに手を伸ばした。二年間使っているので、少し気に入っている。
イヤホンを耳に装着し、音楽を聴くため携帯に繋いだ。が、聴きたい音楽が特になかったため、ラジオを聴いていた。
『今日の天気は晴れ。今日もまた日中は暑いので、熱中症には注意しましょう……』
ラジオを聴きながらパソコンを起動させ、適当にネットサーフィンをする。
「はぁ……」
自然と溜息が出る。
そして私は大の字に地面に寝転がる。
とても暇だ。暇。暇すぎる。
普通の中学生は、祝日に何をしているだろうか。私みたいにパソコンの画面と数時間向かい合っている……なんてあるわけないよね……。
率直に述べると、私は友達がいない。
いや、正確に言うと、『一人』いるのかな。近所に住んでいる幼馴染が。
その友達は男なのだ。察してもらえると助かるが、そりゃあ男女間の友情なんてあるわけがなく、私は彼のことが好きである。けれど、鈍感なあいつは何も気付いてない……と思う。
私は友達じゃなくて、恋人になりたいのだけれど、告白なんてできるわけもない
そんなことをして振られてでもしたら、気まずさのあまり崖からダイビングしたくなるに違いない。
そんな訳で、彼からすれば、私は友達の部類に入るのだろう。
……女友達はって? いたら自分の部屋の中に引きこもってなんかないだろう!
だから私は無意識的に呟いてしまう。
「友達が欲しいなぁ……」
そして、我に帰り、一人で、忸怩たる思いになる。
『うわぁぁぁん!』
突然、頭の中に泣き声が響く。
「え? え?」
私は混乱する。
今のはまさか……ゆ、ゆ、幽霊⁉ それとも……おばけ⁉ あ、オバケと幽霊って同じ? いやいやいやいや、そんな些細なことはどうでもいい。と、とりあえず挨拶はしよう……。
挨拶されて、嫌な人間がいない。これは幽霊にも当てはまる……はずだ。
「こ、こ、こんにちは!」
私はとびっきりの笑顔でそう言った。おそらく、私の声は震えいただろうけど……。
『え? 誰? ゆ、ゆ、幽霊⁉ うわあああああああああ』
その正体不明の声は私の頭の中にまた響き渡る。
「……ってこの反応は」
さっきの私の反応に酷似している。それにしても、この声どこかで聞いたことあるような……。
『幽霊さーん……ごめんなさい。ど、どうか、呪わないでくだしゃい! あ、噛んじゃった……ひいいいいい! こ、殺される!』
「噛んだだけで殺す幽霊って……」
この反応から推測するに、この声の持ち主は幽霊ではないだろう。もし幽霊なら『殺される』なんて言わないはずだ。
「あ、あの私は幽霊じゃありません……。あなたは一体――――」
『幽霊じゃない? よ、よかった。……ん? 貴方は誰?』
「えーっと、わ、私は二条恵麻って言います……」
『……漢字は?』
「え?」
『貴方の名前の漢字を教えて……』
なぜそんなことを聞くのだろうか。私は不思議に思いながらも、質問に答える。
「漢字の二に条件の条、恵みって字と、麻布の麻です」
『……あー理解した。よし……違ったら教えてね』
「え?どういう――――」
『十二月一日生まれ。十四歳。A型。身長百五十八㎝。体重四十二㎏。三人家族。私立北川中学校二年三組二十二番。好きな食べ物はカレー中辛。好きな教科は数学、理科、英語、美術。嫌いな教科は体育、家庭科。好きな漫画のジャンルは少年漫画。好きな小説は推理小説。好きな音楽は演歌。好きなゲームは格ゲー。趣味は絵を描くこと。お小遣いは月に五百円。部活はしていない』
「ぜ、全部正解……」
なんだろうこの感じ……不気味すぎる。こんにも自分のことを知られているなんて。
ストーカーさんなのだろうか? でも、どう聞いても、男の声には聞こえない。いやしかし、同性愛者の可能性もあるか……。
そんなことを思っている間にも、会話は続く。
『そして、好きな人は――――』
「え?」
『……いやもういいや。ごめんね驚かして。私もさっき理解したから』
「え? え?」
『簡単に説明すると、貴女は私で私は貴女。いわゆる、パラレルワールドってやつかな。貴女とは違う世界にいるもう一人の二条恵麻ってこと』
なにがどうなってんだ? パラレルワールド? 違う世界の私?
これらの言葉を羅列してみるが、何も見えてこない。
よく、アニメや漫画でありがちな話ではある。が、自分が体験するなんて誰が考えるだろうか。
彼女がまことしやかな嘘をついているようにも見えない。第一、私のあらゆる情報を知っていることを確認した今では、信じざるをえない。
でも、これはチャンスかもしれない。
人生を平凡から非凡なものに変えるための――――
この時、私の中から疑心は消え、むしろ、強い好奇心に駆られていた。
「なんとなく……わかったかな。まだ完全には信じれてはないけど。あの、じゃぁ私と貴女は瓜二つなの……?」
『瓜二つだよ。一つを除いて』
「一つ……?」
『今、私がどうやって貴女に話かけていると思う?』
「わかんない……」
『私は、知人にテレパシーを送ることができるの。でも、いろいろ条件があって……。知人なら誰にでも送れるってわけじゃないの』
「うーん……つまり、条件を満たせば送れるってこと?」
『うん。一つ目の条件はさっき話した「知人」ってのがそう。二つ目は、「能力者」であるってこと』
「能力者……?」
『常識的に、そんなこと人間には不可能だよね。でも、私達には不思議な力が備わってるの。そう、だから能力者』
「えーっと……私にそんな力ないけど……」
『いや、あるよ。じゃなきゃ貴女とお話できないしね。そのうち能力が発現すると思うよ』
「へ、へぇ……」
『ふわぁ~もう眠いから寝るね。おやすみなさい。また明日』
「え? おやすみなさい……」
そう言うと、彼女からの声は聞こえなくなった。
一体なんだったのだろうか。
夢……? そうこれは夢だ。
頬を抓ってみるが、痛い。かなり痛い。
「夢じゃなかった……」
すごい体験をしたものだ。
「ん?」
そういえば今何時……。
現在、午前三時二十分。
起床しなければならないのは、午前七時二十分。
差引、四時間。
「やばい……」
明日……いや、今日にゆっくり今回の事について考えるとしよう。
そして私は布団の中に潜った。
♦
「うーん」
私は大きく背伸びをした。部屋の中に太陽の光がいっぱい差し込んでいる。
それから、朝食を食べ勢いよく家を飛び出した。
学校につくと生徒たちが駄弁っていた。構わず席に座る。
やはり、学校は好きにはなれない。友達が増えればこんな狭苦しい空間も少しは良くなるんだろうか?
「おはよう」
不意に背後から声が聞こえた。ユウトだ。
「おはよう……」
「ん? 元気ないね。どうかしたの?」
「なんでもないよ」
「そう? 今日も頑張ろうね」
「うん」
私に話しかける物好きはユウトだけ。その優しさ故に、私は彼に惚れてしまった。
単純な女! と罵られそうだが、恋に理由なんてない。好きだから好き。ただそれだけだ。
……なんて恥ずかしいことを考えてるんだ私は。
それから気だるい授業を乗り越え、やっと帰宅した。
思わずベッドにダイブする。
「疲れた……」
『お帰り』
「わっ!」
急に話しかけられたため、ベッドから転がり落ちる。
「いたたたたた……」
『大丈夫?』
「なんとか……で、なにかな……?」
『あれだよ。きっと、貴女は寂しい思いをしてるだろうから話しかけたんだ!』
「……」
『私の優しさに敬服した?』
「寂しいって、貴女もでしょ……」
『まあ……うん。でもでも、寂しい者同士たのしくお喋りしましょう!』
「自分と会話なんて悲しい……」
『それは気にしちゃ駄目だ!』
「気にするでしょ!」
『もう私達友達でしょ?』
「え……? 友達……」
『そうそう! だってこんなにお互いを熟知しているんだよ?』
「それは自分自身だし……」
初めての女友達……! いや落ち着け私。相手は自分だ。どこの世界に自分を友達なんて言う輩がいようか。
『友情に性別、年齢、自分かなんて関係ないよ!』
「……」
『やっぱり嫌……?』
今にも泣き出しそうな声音で彼女は言った。
「そ、そういうわけじゃ……ううん、うれしいよ」
『良かった……改めて宜しくね親友!』
「親友って……飛躍しすぎでしょ⁉」
『細かいことは気にしない~!』
私は他人から見るとこんな人間なのだろうか……。私はひどく落胆した。もう少しまともでありたかった。
『むむ……。今失礼なことを考えたね、金蘭の友よ』
「え? 金平?」
『金蘭! すごく親密な友達ってこと!』
「親友と変わんないじゃん!」
『こっちのが格好いいでしょ?』
「そうだね」
非常にどうでもよかったので、適当に返事をした。
『ちぇー』
「ていうか今何時……うわああああああ! もう三時!」
『あーもうそんな時間か。おやすみ莫逆の友』
「もう呼び方変わってるし!」
突っ込んでいる場合ではない。一秒でも早く寝なければ。
そうして騒がしい一日は終わった。
♦
帰宅すると、家には誰もいなかった。珍しいなと思いつつ、いつも通り彼女が話しかけてくるのを待つ。
あれから一週間。私達は毎日のように深夜まで雑談していた。が、昨日は音沙汰がなかった。
暇人の代名詞と言っても過言ではない二条恵麻が忙しいなんてことはあるわけがない(自分で言ってて悲しい)。事故や事件に彼女が巻き込まれたのではないかと、杞憂してしまう。
心配しすぎだとは思うがやはり、気になる。なんせ「友達」なのだから。
それから数時間経ったが、彼女の声は聞こえることはなった。
私が暇つぶしに、検索語句を打っていると、突然私の携帯がけたたましく鳴り響いた。
「親かな」
私に電話をするのなんて親しかいない(自虐)。
「もしもし?」
「あ、やっとでてくれた! 今どこにいるの!」
「あれ、ユウト? どうしたの? そんな息を切らしてさ」
「え? エマ知らないの⁉ いま×××が××××で……いいから、速く、外に出て!」
なんだろう? 電波が悪いせいかよく聞き取れない。とりあえず、外にでようかな。
私は階段を下りていき、扉を開けた瞬間、ユウトに手を掴まれ、突然走り出した。
「え?」
「ともかく、早くこっから離れないと……」
しかし、二十分近く走ったところで、彼女の足は限界だった。
「ちょいタンマ……。ハァ……ハァ……疲れた……」
「はやくでも急がないと……!」
無我夢中で走っていたせいで気付かなかったが、人が誰もいない。
「ねぇ一体何がどうなってるの……?」
「エマ危ない!」
「え?」
その瞬間、私の視界が真っ暗になった。ユウトの叫び声のようなものも聞こえる。
何が起きたのか分からない。
私の意識は、暗闇へと消えていったのだった。
♦
私は何をしていたのだろうか。何も思い出すことができない。
辺りを見渡すと、漆黒の闇が広がっていた。
「一人には逃げられたか」
「計画通りさ」
「え? 聞いてないよリーダー。そういうことは予め……」
何か話し声が聞こえるが、全ては聞き取れない。
「おい」
不意に頭を殴打された。
「んー……あ!」
私は目が覚めた。確かユウトと一緒に訳も分からず逃げていた時、視界が暗くなったことまで覚えているが、そこから先の記憶はすっぽり頭の中から抜け落ちていた。
「ここは……」
次第に視野が明るくなった。巨大な水槽がすぐ近くに置かれている。
「単刀直入に言わせてもらうが、世界は滅亡した。今、我々は異空間にいる」
「まぁ、世界を終わらせたのは僕たちなんだけどね」
「屈強そうな男」と、「年端も行かない少年」がそう説明した。だが、いまいち何を言っているか理解できない。
いきなり、世界が終わったのだのと言われて頭の中が混乱する。
「何度も言うようだが、世界は俺たちの『能力』で壊した。つまり、皆殺しにした。人類を、な。お前たち二人以外だ」
「そこで、取引をしよう。僕たちの仲間になってくれたら、お前を生かしてやってもいい。さぁ……どうする?」
「ど、どうするって言われても……」
まだ頭が混乱してる。当たり前のことだ。世界の終わりだとか、人類を皆殺しだとか言われてほいほい飲み込める奴はいない。ん……? 能力? 確かもう一人の私には「テレパシー」という能力があって、私にも、何かしらの能力があるとか……。
「ユウト……だっけか?あいつに逢いたくねぇのか?」
何故ユウトの名前を知っているのだろう?
「逢わせてやってもいいが、それにはお前の『能力』がいる」
「……私の……能力」
「まぁ、ゆっくり考えてくれよ。〝生きる〟か〝死ぬ〟か、をな」
そういって彼らは消え去ってしまう。
私史上最悪の選択を迫られた瞬間であった。
――――生きるか、死ぬか
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