第六話『先輩の絵空言(事)』by鯉
謝辞:今回、第六回を書く予定だった猿。さんは事情があり、不参加になりました。今度、十話より延長する可能性がありますが、その際にも猿。さんはおそらく参加を致しません。困惑させるようなあらすじを書いてしまって申し訳ありませんでした。ここでお詫び申し上げます。
翌朝。携帯のアラームをかけ忘れていたのに、それでも時間通りに目が覚めた。
何も変わらない。
昨日のことが、まるっきり嘘だったみたいだ。
布団から起き上がる気になれずそのまま横になっていたかったが、機械的に体は動いて身支度を整えうちを出た。
気が付くと自宅の風呂、狭い湯船に縮こまるように肩まで浸かっていた。
今日一日、どこへ行って何をやったのか、今一つ記憶が定かでない。
思い出そうとすると、微かにバイトに出てシフトをこなし、コンビニで賞味期限切れ近いカップ麺を買って食べたような気がする。しかしその記憶が今日のものである自身が全くなかった。
昨日も一昨日もその前も、夜の行動は判を押したように決まっているからだ。コンビニでバイトして安くなった食品を買いロッカールームでもそもそ食って帰る。
半面、何を考えていたかはよく覚えていたが、行動を覚えていないほど考え続けていたのにその結論は出ていない。
頭を振り思考を隅に追いやって無造作に立ち上がる。そのまま洗い場に出ると湯の水面が半分くらいまで下がった。それでも振り払ったはずの思考は再び表に出てきて頭を覆う。
シャンプーをいつもより多めにとって、強く髪を洗う。一日でついた埃と一緒に居座り続ける思考まで流し清める。しかし頑固な思考は泡と一緒に流されてはくれなかった。
足掻いて忘れようともダメだった。彼女のことを忘れるなんてできなかった。
どうにもしようがなくなって、今夜は早めに寝ることにした。
翌朝。今朝は起きられず、初めてバイトのシフトに遅刻してしまった。ロッカールームで慌ただしく制服に着替えて店に出た。
今日は遅刻をしてしまった罪悪感の分、個人的な考えごとに持って行かれることもなく、忙しく働くことができた。
夕方になり、夜番の先輩とロッカールームで行きあった。
今朝のことを何か言われるのではないかと気が気でなかったが、無事会話なく着替え、部屋を出られると思った時、思い出したように聞かれてしまう。
「なあ。お前、好きな人でもできたの?」
無視してそのまま出られれば良かったのに……ドアノブに手をかけたまま動作が止まってしまった。
「図星か。珍しいとは思ったんだよな、お前が遅刻するなんてさ」
「…………」
こういう会話に慣れていないせいで、的確な答えを返せない。否定しても肯定しても、好きな――気になる女性がいることを認めることになる気がしてしまう。
「やればできんじゃん、そのまま押し切っちまえよ。逃げるとか逃げないとかそういうんじゃなくてよ、たまには思ったまま行動してみろよ。どうせ言ったりやったりするまえにぐるぐる考えすぎて迷うんだろ」
見抜かれていると直感した。
今だってそうだ、なんて答えればいいのか分からないだなんて、単なる思考停止にしか過ぎない。それくらい自分でもよく分かっているんだ。
「……分かってるのと行動できるのは別なんですよ」
何とかそれだけ吐き捨てて、今度こそロッカールームを出た。
振り返って確かめる度胸なんてなかったが、それでも先輩が笑っているのは容易に想像できた。
お知らせ:一人、抜けてしまいましたが、代わりと言っては第八話に某人物が助っ人として入ってくれることになりました! 正直、どんな文章を書く方なのかはわからないので個人的には楽しみにしています。
※次の第七話は粗大ごみさんが書いてくれます。