勇気をください
『お前が好きだ、もうずっと離さない』
「いやぁ~、お兄様もう一生離さないで~」
突然ですが、私、鞍馬千佳。高校二年生です。
高校生は勉強や部活、通学や遊びなど忙しいもので中々時間が取れずに朝は眠く、夜はクタクタなわけですよ。まあ、忙しい分だけ充実感は高いので文句はないのですがね。
が、しかし!どうしても甘く癒されたいときってあるんですよね~。恋人居ない私にとっては寂しいものですよ。
恋人がいる友達羨ましい~。と思いつつ、イチャイチャするなボケェと罵っております。
だって、人の目の前で恋人繋ぎとか…私の心臓止める気ですか。街中で知らない人が抱き合っているのを見た時なんか……恥ずかしくて顔背けちゃいましたよ!
なんなの皆!人生謳歌し過ぎだよっ!独り身の人にも寄り添って考えてくれよ!……と思うのは私だけでしょうか?友達に聞いたことないのでよくわかりません。
そんな寂しい私にも『愛』を感じるときがあります。そう、乙女ゲームですっ。
そして只今、大好きな乙女ゲームの真っ最中ですっ!
『お前に出会ったときはなんとも思っていなかった……けど、お前の心に触れて感じたから、オレの気持ちは変わったんだ。この気持ちを「愛」だというらしい。オレの心を燃え上がらせるお前が、オレは_____』
「ちょっと!千佳。あんたなにやってんのよ」
すぽっ。
このゲーム特有の甘いボイスとともにイヤホンが外れる。あっ、せっかくのお兄様の甘々ボイスがっ!イヤホンで聞いてたっていうのに!
「さっきから呼んでんのに、なにやってるのかと思えば……、乙女ゲームだったのか……」
「もうなにしてくれんのさ、姉さん」
睨みつけた先には私、鞍馬千佳の姉桃佳が立っていた。
額に手を当ててはあ、と溜息を吐いている。
ん?疲れてるの姉さん。
「どしたの姉さん」
「我が妹はこんなに可愛くていい子なのにどうして男がつかないのかしらって嘆いているのよ。
……千佳の恋人ができたら、乙女ゲームなんて貸さないのに。ああっ!嘆かわしい!」
なにをいうのさ姉さん。私なんて気が弱くて繊細な普通の女だよ。人の視線にビクビクと震える姿に母性本能を擽ったり、庇護欲が芽生えるって聞くけど、そんな面倒な奴につく男なんていやしないよ。
そういう姉さんは美人でナイスバティなんだよ。
ぼんきゅっぼんだったけ、そんな感じでスタイルがよくて恋人の(将来の)兄さんとも付き合ってるんだよねー。
兄さんは体育会系の男前なんだけど、むさ苦しくなくてカッコ良くってねぇ。自慢なんだー。
互いに一目惚れだったらしいんだけど、素直になれなくて見ている私たちはなかなか焦れったくってね。
ヤキモキしてたんだけど、卒業式のときに兄さんがカッコ良く告白したんだって!
きゃー!いいなぁ、憧れるなぁ。
その時の姉さんの幸せそうな顔が頭から離れないよっ!
でもね、姉さんも乙女ゲーム、してるんだー。
現実で兄さんと充実してるからいいじゃんと言ったら、
『ばかっ、最近の乙女ゲームはね、ただの甘いだけじゃないのよ。
ストーリーや展開が物語並に面白いからやってんのよ。乙女ゲームを愛するお姉様方に謝りなさい』
……すみませんでした、乙女ゲームを愛する(見ぬ)お姉様方。
甘いだけではないのですね。無知なわたくしめをお許しください。
……でもさー謝ったはいいけど、姉さん…今攻略してるのって姉さんが前好きって言ってた……ヤンデレ主君だよね。あのエロい声で囁かれて抑えてるけど、ニヤニヤしてるよ。
妹なめないでよ、丸わかりだよッ!
人のこといえないじゃん!
「ええー、これって私が買ったシリーズの最新作だよ。私のお兄様がやっとデレてくれたのにジャマしないでよね」
「……あんたこれプレイしてんのに何時間かけてんのおもってんの?」
何時間って三時間……あれ?プレイ時間が六時間になってる!?
このシリーズって平均三時間じゃなかったけ!?
…そういえば、新作は大ボリュームって公式にあった気が……!
はっ、忘れとったわ!不覚。
「ちゃんと保存してるんだったら時間まで確認してよ。夕方だよ、行かなくていいの?あそこ」
げ、姉さん妹をパシラセル。
「馬鹿考えてんじゃないわよ」
「えっ!何で分かったの?」
言ってないのに。
「馬鹿の考えなんて分かるわよっ」
失敬なこれでも姉さんより頭いい方だよ!
………多分。
「はい、これ。大佑さんに渡してよね」
そう言われ渡されたのはスポーツドリンクとタオル、レモンの蜂蜜漬けが入った手提げ袋。
「ええー、また私?大佑さん一人だけでも多いよね。絶対」
重いよーとぶーぶー文句を言う。
「仕方ないじゃない、大佑さん汗よくかくし、エネルギーもつけなくちゃいけないんだから。これぐらい当たり前です」
「じゃあ、自分が持っていけよ。毎度毎度私に持って行かせやがって」
そうなのだ、姉さんは何故か私に兄さんの物を持っていかせる。一度や二度だけならば寛大な私は許そう。しかし、今月だけでも五回は届けたぞ。さすがにめんどくさい。
愛は自分で届けろ、私は宅配便じゃあない。
「いいじゃない、いくら母校ってたって卒業と同時に足が遠のいちゃってねぇ。それにいくら彼氏が部活の指導に行ってるからって恥ずかしいよ。顔出すの」
私だって休日で高校に行くのは嫌だよ。
そこまで、思い入れもないし、学校ラブでもないよ。
どんなに面倒でも行くのが愛ではないのか、私の認識違いなのか、おい。
「まっ、そんなワケで、さあ行った行った」
ちょおっ、背中押さないでよ。
「あ、行かなかったらもう宿題見てやんない」
……っくそ。断れない奥手使いやがって、ああもう分かったよ行ってやらあ!
「じゃ、いってきまーす」
「おおー、行くまで帰ってくんなよー」
……このぉ!覚えていろよ、くそ姉貴!
*・゜゜・*:.。..。.:*・'☆'・*:.。. .。.:*・゜゜・*
何やかんやとありながら、着いたぜ、我が高校!
私服で来ちゃったけどいいよね。校舎はほとんど閉まってるし、グランドと武道場で部活動してる人だけだから、応援兼見学ということで!
うん、私が許す!
……そんな権限私持っていないけれども。
ばれなきゃいいよねっ!
「おっ、そこにいるのは桃佳ちゃんの妹ちゃんか?」
はい、さっそくアウトー!!
誰だ?と思い声がした方を振り返れば練習着を着たイケメンが立っていた。
うーん、サッカー部かな?サッカー部の友達と同んなじオーラを感じる。
おお、カッコいい……。背は、180くらいあろうか……うむ、顔立ちもよくよく見るとまつげは長いし鼻はすうっ、と高い。
大学生か、な?高校生にはない大人の雰囲気がある。
うん、知らない人。だれ、このお兄さん。なんでこの人姉さんのこと知ってるの?
それに私まで。
「ええっと、誰……でしょうか?」
知らない人ってなんだか怖い。
相手は優しそうな感じはするけど、二重人格ってこともあるし。
カッコいいお兄さんごめんね。
「えっと、さ。そんなに警戒されると結構困るんだけど」
お兄さんはそう言う。
イヤイヤイヤイヤ、突然知らない人から声掛けられたらビビりますって。相手自分知ってるけど、自分相手知らないとか結構困惑します。
「ええっと、おれは西門俊樹サッカー部のOBで今日は練習をしに来たんだ。ちなみに君のことは大佑や桃佳ちゃんから聞いているんだ。とっても可愛い子だってね」
へええ、西門俊樹先輩……。何か声が素敵。
耳ざわりがイイハスキーボイス……、この声私の知っている声優さんにいる。もし知り合いだったらあんな言葉やあんな言葉を言って貰えるのに。残念。
はっ!今から知り合いになればまだ間に合うかもしれない!まずは会話だねっ。
私の目がキラリと光る。
「西門先輩でいいですか?」
「あ、うん。かまわないよ。じゃあおれは……千佳ちゃんって呼んでもいいかな?」
ほお、声がイイだけに限らず言葉の使い方も丁寧でいいわぁー。
声と言葉がミスマッチしてるって言うのかな。乙女ゲームをやっていたら声がイイ人に反応しちゃうようになるんだよね。はう、何か惚れ惚れする。
「はい、よろしくお願いします。西門先輩」
「うん、よろしくね、千佳ちゃん」
西門先輩がにっこりと微笑む。はっ!イケメンなだけに微笑みが神々しい。
写メ撮りたいねー、撮らせてほしいなぁー。
そのためには仲良くならねば。
声の録音、写メのため会話持続のため、最初に思った疑問を口にする。
「先輩って姉さんと兄さんを知ってるってことは同級生……なんですか?」
「うん、桃佳ちゃんと大佑とは高校からのクラスメイトでね。大佑とは気があってサッカーでも相性が良かったからよくつるんでたんだ」
「へえー、そうだったんですか……」
「ところで千佳ちゃんってもしかして大佑に用事?」
っは!どうしてお分かりになったのですか!先輩!
エスパーですか?人の心読めるんですか!?
いやー!と一人で興奮する私に西門先輩は苦笑する。
「いや……、千佳ちゃん在校生なのに今私服だし、その手提げ袋の中身がちらっと見たから、そうかなって。
よかった、千佳ちゃんのその反応。図星ってことだよね」
先輩はクスクス笑う。
その微笑みを見ると頬がかあっと熱くなる。胸もドキドキする。
え?恋!?と思う方がいて勘違いする場面ですが、ノンノンノン。
乙女ゲームを攻略して、ゲームのイベントに行った私には分かる。
この気持ちはあれだ。大好きな芸能人と会ってあまりの格好良さに興奮してしまうあれ。
会ってほんの僅かだけど、西門先輩の雰囲気と声と微笑みが格好良過ぎてミーハーの私は幸せです~~。
突然、私の幸せは終止符を打つ。
西門先輩に頬を赤らめ、悶えている私の腕をぐいっ、と誰かが掴む。
えっ!誰?
西門先輩は正面にいるから西門先輩は違う。
じゃあ、誰だ?
私の腕を掴むその人を振り返り見て驚く。
だってそこには……。
「え、森坂君?」
私の同級生でクラスメイトの人がいたんだから。
彼、森坂大我君はクラスのちょっとしたお調子者。授業を妨害するとか、自己中心に騒ぐ奴ではない。
クラスを明るく盛り上げるムードメーカー。
明るくてよく気が付くから皆の人気者。
しかし、サッカーをしている森坂君はムードメーカーから一変して彼は人が変わると誰かに聞いたことがある。
キリッとした顔に真剣な表情になるから普段とのギャップの差に一部の女子がやられたようで、格好良さでも人気が高い。
前に一度友達に誘われて見に行ったことがあるが人だかりが多くて見られなかった。
へえ、見てみたいなー。今西門先輩にやられちゃってるんだけど、どっちが格好良いのかな?
クラスメイトとして女子として一度でいいから見てみたい。
とのほほんと考えていたのがダメだったのだろうか、見れば森坂君の表情が険しい。不機嫌な顔で私を睨む。
なんだか、後ろには禍々しいオーラが立ち上っていて怒気を一生懸命抑えているようだ。
掴んでいる腕に少し力が入っていてちょっと痛い。
「や、やあ。森坂君。どうしたの?」
彼が不機嫌になっている理由を知りたくて声をかける。
「………鞍馬。お前大佑先輩に用があるんだろ?俊樹先輩と話してないでささっといけよ」
彼から、今までに聞いたことのない地を這ったような低い声でいう。
あんたとしゃべったことはあるけどそんな低い声始めてだよッ!冷たいよ!冷気漂ってない?
そして痛いよ!離してよ!
「ううううん、分かった。森坂君。ね、ねえだからこの腕離して貰えないかな」
ちょっと痛いと話せば彼はばっ、と手を腕から外した。
はあー、これで自由だあ!
これで自由!じゃあそろそろ行こうかなー?
と思い西門先輩の方を振り返ろうとしたその時がっ、と今度は肩を捕まえられる。
えええー、また?
「な、なにかな?森坂君。まだ何かある?」
再び森坂君を見ようとぎぎぎぎと首を捻る。
何なんだよ、もう。
こっちは早く用事を済ませたいのに。
「俺も一緒に行く」
「え?いいの?」
マジか。森坂君、一緒に行くの?
え?本気で?
「……いいもなにも俺も大佑先輩に用があったし、まとめて行ったほうが大佑先輩も楽だろ?
……ほら、行くぞ」
そう言うと彼は私の手を掴む。彼の手は私の手がすっぽりと収まってしまうほど大きくて温かい。
は?は?え?ええ??
なんか、森坂君今日は何だか変。私たちってボディタッチするようなましてや手を繋ぐような親密な仲だったけ?
突然過ぎでしょッ!私が好きなお兄様でもちゃんと段階を踏んでからあんなしたりこんなしたりするんだから。
「ちょ、ちょっと森坂君?」
「では先輩また後ほど」
「うん、またね」
今まで黙っていた西門先輩に森坂君は挨拶をし、私の手を引いてずんずんと行く。
森坂君の強引さに私の目が白黒になってしまう。
いやー、体育会系と帰宅部の私の歩幅とスピードって違うと思うんだよねっ!
そんなに早くいかないでー!引っ張らないでー!
兄さんは(多分)逃げないよー!
☆*:.。. o(★)o .。.:*☆
「はあ、やっといったね。桃佳ちゃん」
西門がそういうと近くの影から桃佳が姿を現す。
「あ、やっと二人で行ってくれたね。当て馬ありがとう。西門君」
「やめてよ、そんな呼び方。千佳ちゃんを引き止めて大我と鉢合わせたっていうのに。虚しくなるじゃないか」
西門がそう言うと肩をすごめる。
「あら、いいじゃない、若いカップルを誕生させるためだよ?」
「……過去にもそういわれてどこかの誰かさんたちを結びつけたような気がするな」
「ああ、あの時は本当にありがとう。お陰で大佑さんと恋人になることができたんだから」
「あはははは……」
そうなのである、桃佳・大佑カップルが誕生したのは西門俊樹という人物が結びつけてくれたからなのだ。
「……それにしても千佳ちゃんって鈍感、だよね。
おれが可愛いって言ったのに軽くスルーしてたし。
おれの声と顔の外面的なところしか見ていなかったような気がするよ」
「しかたないでしょ、千佳は生まれてこのかた恋人なんていなかったし。褒められたって気づいていないんじゃないかしらあの子、一つに集中すると周りの声が聞こえなくなっちゃうから。
私と一緒に乙女ゲームしてたから、声フェチだからね。
でも、あの子の理想は高いから、気に入られただけでもいいじゃない」
ニヤリとした顔で西門に言う。
「……そう言っていると大我から睨みつけられそうだな」
「先輩がヘタレだと後輩も似るのかしら。そうなったら卒業まで道のりは遠いか…」
「いや、そうでもないかもしれないよ。大我には大佑になかった積極的なところがあるから、これは早くできるのかもしれないな」
「早くできてもらいたいものよ。そのために大佑さんのスポーツドリンクを千佳に持たせてやってるんだから。……付き合ってまだ二ヶ月しか経ってないのに悲しすぎる。大佑さんが千佳のこと好きになったらどうしよう」
「それは絶対にないとおもうな。
付き合って一ヶ月のくせに指輪なんて重いもの贈っておいて。心替りなんて早すぎるよ」
呆れ顏で言う。
「……若い二人を見守っておこう。大我ってば分かりやすいのに千佳ちゃんの前だと怖気ずくんだもんな」
「……本当大佑さんにそっくりね」
☆*:.。. o★o .。.:*☆
勇気を俺に________
最後までありがとうございました(*^^*)