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学生勇者。  作者: AK-4
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DEADLOCK・異端者。 その1

 どの学校にもカウンセリング室の常連、という生徒はいると思う。それはこころの病気を抱えている人や教室にあがりにくい人が大半で、あとの少数はきっと不良かなんか。でも、この学校の「常連」は少し特殊な事情を抱えていた。

「どぉしよぉ…俺、嫌われちゃったかなぁ…」

 「常連」はしょんぼりと下を向いたまま、顔を上げようとしない。深刻そうな呟きは聞いているこちらが申し訳なくなるほどだ。大丈夫だよ、なんて言葉で慰めても彼には効かないことは経験済みだ。だから彼のためにコーヒーを淹れてやることぐらいしかできない。まったく、私は名前だけのカウンセリングだと言われても言い返せないだろうな。自嘲気味に笑う。

「…君を助けた女の子が、昨日来てたよ」

 コーヒーの入ったカップをテーブルに置きつつ声をかけると、彼ははっと顔を上げた。どこか心配そうな表情だ。

「君のこと心配してた」

 一瞬信じられない、という顔をした後、彼はまたうつむいた。長い黒髪が揺れる。

「俺も、勇者の力になれるかな」

 必死に絞り出したような声は広い部屋の中で響いて消えた。私はそれに何かを返すことはできなかった。彼が勇者の手助けができるという確信が持てなかったのだ。彼はかのこちゃんのように勇者のスキルの欠点を補えるようなジョブでもないし、多様な魔術を使って支援ができるわけでもない。それに、彼の持つスキルは何よりも問題だ。

 ―――私は直接見たことがある訳ではないが、このスキルこそが彼が他人と壁を作る理由となっていることは明白だった。

 がんばりやで優しくて気配りができて、ちょっと不器用だけどいい子なのに、どうしてこんなスキルとジョブを与えられたのだろう。

 嘆く声を胸の奥にしまってコーヒーを一口。インスタントの味が気に入ってる。

「中野くん、やれるだけやってみなよ」

 今の私はこれしか言えない。

「…っはい!」

 勢いよく顔をあげて返事をする彼は前よりたくましく見えた。

 大丈夫、大丈夫。自分と彼に言い聞かせるように心の中で呟く。すると、不思議と全て上手くいくような気がしてきた。彼がこのスキルとジョブを与えられたことにはきっと意味がある。勇者を救うための意味が、きっと。



「さて、あの例の『ネクロマンサー』…どうする? 霊だけに」

「あはは、面白…くねーわボケ」

 菊池は昨日の一件以来、「ネクロマンサー」に因縁めいたものを感じているらしい。あの冷たい態度がよほど気に入らなかったのか。魔王の息子め、いっちょまえにプライドだけは高い。

 かのこと俺で開かれていた放課後の俺パーティ会議は菊池も加わりずいぶんと賑やかになった。というか菊池が勝手に賑やかにした。

「高橋くん、一度中野さんに会ってみるのはどうかなぁ?」

「何っ?! 古谷お前あいつに肩入れしてんのか?!」

「一回会ってみなきゃどんな人かわかんないじゃない!」

「もうわかっただろ! あいつは氷の妖精かなんかだ」

 …何言ってんだこいつ。

 かのこと菊池の謎のやりとりを眺めながら、一人勝手に思案を巡らせる。はたして、「ネクロマンサー」に会うことは正解なのかどうか。そして何より彼が俺たちに会うことを望んでいるのかどうか。それは、会ってみないとわからないだろう。…どちらにせよ、やはり会わなくてはならないじゃないか。

「かのこ、『ネクロマンサー』はカウンセリング室にいるのか?」

「何よっこのもぎたてピチピチ童貞野郎っ……あっ、うん、そうみたいだよ!!」

 さらっとすごいこと言われた菊池が本気でしょんぼりしてるがあえて気にしないことにした。気にしてたら追いつかないぜ。

「今日はいるかどうかわかんないけど…行くだけ行ってみようよ!」

「あぁ、そうだな」

 カウンセリング室に向かうため教室を出ようとすると、菊池も慌てて付いてきた。またかのこの罵声が飛ぶが、聞こえないフリ。

 一階にあるカウンセリング室の周りは閑散としている。二階三階あたりになると、吹奏楽部の楽器の音が響くのだ。流石に一階は職員室や校長室があるから進出していないようだが。ただし外は例外である。

 なんだかんだで一階まで響く吹奏楽部のラッパか何かの音をBGMに、カウンセリング室へ辿り着いた。すりガラスで中が見えないため、誰がいるのかはわからない。かのこが数回ノックをすると、中から「どうぞー」という声が聞こえてくる。天草先生だ。

「いらっしゃい。かのこちゃん、高橋くん」

「こんにちはー、今日は菊池くんも一緒だよぉ」

 三人でぞろぞろと部屋へ入る俺たちを天草先生は優しく迎えてくれる。天草先生は菊池とも知り合いらしく、ため口だ。

 前にかのこと来た時に座ったソファには先客がいた。黒い髪をひとつに結んだ、あのコンビニ店員…。いや、もう「ネクロマンサー」の伝道師と呼んだほうがいいだろうか。「ネクロマンサー」はこちらを振り返って、ぎこちなく笑った。菊池は警戒心丸出しだ。彼はなんとかこちらとの争いを避けようとしているように見えた。緊張しているのか、顔が真っ青だ。

「あの…中野さんですよね…?」

「はっ、はいっ!!」

 ぎこちない笑顔を顔に張り付けたまま肩を震わせる。なんだかどこかで見たことがあるぞ。あ、あれだ。推薦入試の面接の練習してる中学時代の友達がこんな感じだった。手とかがったがた震えてる。

「私、古谷かのこっていいます! 中野さんにまた会えて嬉しいですー!」

「う…うれしい?」

 フレンドリーなかのこと、敵意バリバリの菊池と、それを眺める俺。それから、小動物みたいに震える「ネクロマンサー」中野。奇妙な光景だ。

「あのっ、俺、あんな酷いこと言っちゃって…!」

「そうだよお前、なんなんだよ!」

「おい菊池、相手は先輩だぞ敬語使え」

「そうでございますよお前、なんなのでございますか!」

「中途半端だな」

 申し訳なさそうにうつむく中野はあの冷たい雰囲気を持っていない。コンビニのレジにいる時と同じほんわかとした雰囲気だ。見方によっては女子生徒に見えなくもない。

「ごめんなさい…俺、勇者の力になりたいと思ってたんだけど…」

「もしかして、俺たちを助けてくれたのは?」

「それもごめんなさい…俺です…」

 周りにいたモンスターを一斉に倒したあの黒い霧。あれは「ネクロマンサー」の扱う呪いの類だったらしい。

「本当に助かったんですよぉ! ありがとうございました!」

「かのこの言う通りですよ。ありがとうございました」

 俺たちが頭を下げる(菊池はかのこの馬鹿力で無理矢理だが)と、彼は照れ臭そうに笑った。表情がころころ変わって忙しい…まるでかのこみたいな人だ。

「勇者のお手伝いできて、俺嬉しいなぁっ!」

 うっわ、こいつマジでおしい。おしすぎる。何がおしいって性別がおしい!! 女の子だったら完璧だった。かのこと今すぐ性別交換するべきだよこいつ。

 …そんな戯言胸の奥にしまってだな。

 「ネクロマンサー」の性格はだいたい掴めた。戦闘力もそれなりにあると見た。全体攻撃ができるようなので、きっと頼りになる。あとはそのスキルを確認できれば…。

「中野さん、ちょっと質問いいですか?」

「なに?」

「中野さんのスキルってなんですか?」

 何気ない、ジョブを持つ者として当然の質問を投げかけたはずなのに、中野さんの動きが停止した。不安そうな顔と焦点の定まらない目。…これは、聞いてはならないことを聞いてしまったらしい。

「高橋くん、ちょっと」

「俺のスキルは―――」

 天草先生の声を遮った中野の声は、半ば自然に出ていたらしい。

「『汚染』…だよ」

 震える声で紡がれた言葉。それを理解するのに、少しばかり時間がかかった。

 スキル「汚染」。それが意味するものとは…まだ、わからない。

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