天空と夜明け その2
古谷は襲いかかってくるおぞましい姿をしたモンスターを蹴り上げ、殴り、地に叩きつけた。その戦いっぷりはまさに連戦練磨のゴリラ。…と本人に言えば、俺もあんな風に…。
考えるのはやめだ。俺もペン(の形をした剣)を拾い上げ、古谷の背後に襲いかかる敵を切り払った。古谷はにこりと笑って、最後の一体に強烈な一撃を決める。モンスターは派手に吹っ飛んで、そのまま空中で消えた。古谷はそれを見届けたあと、肩の力を抜き、ふぅと一息。
「古谷、悪い。助かった」
「いいの! 困ったときはお互い様だよぉ」
先ほどまでうほうほドンドンと言わんばかりに戦っていたゴリラとは別人のような笑顔。それは普通の女子高生より幾分か幼く見える可愛らしいものだった。彼女自体小柄で、中学生はおろか小学生に見間違えてもおかしくない。最近の小学生はやたら背も胸もでかいからな。まぁ、古谷は胸無いけど。
「でも古谷、なんで俺が戦ってるって知って…」
「この学校には勇者がいる」
俺の言葉を遮ったそれに、面喰った。
「私たちの間では常識でね、いつか勇者様を助けなくちゃって」
私たち…とはどういうことなのか? 考えれば考えるほど意味がわからないから、古谷の説明を待つことにした。
「あのね、私はジョブ『格闘家』の伝道師なの。そんで、私たちの学校には伝道師がたくさんいるんだよ」
偶然か必然か。
ジョブ…つまり職業の伝道師とは、ジョブ「剣士」を持つものに自身の職業を受け継ぐことができる人々のことだ。「剣士」は武器が無ければ何もできないというある意味かなり弱っちいジョブなので、他のジョブを兼ねることでそのデメリットを補うことになっている。本来は死に物狂いで伝道師を捜さねばならないらしいが、今回は都合よく探す手間が省けている。これはかなり運がいい。
「高橋くんの名前の『A』って、初代勇者の名前…だよね」
嘘もすっかり見抜かれていた。彼女は頭が弱いと言ってしまったが、それを全力で詫びたくなった。まぁ口に出していないからセーフだろう。
「そうだよ。…すっかり気付かれてたんだな」
「えへへ、私のジョブが役に立てばなぁってずっと思ってたの!」
相変わらず笑顔は天使だ。古谷かのこ、侮れない。
「…そうだ、エクスカリバーは」
先ほどエクスカリバーが置いてあった場所を見ると――無い? 変わりに二つ折りの紙が一枚。
それを拾い上げて中身をみると、「なかまとそうびをちゃんとして、3ちょうめのこうえんにこい!」とまるで小学生が書いたような拙い字で書かれてあった。
「仲間を増やして…」
「高橋くん!」
古谷の顔から笑顔は消え、また凛々しく瞳をぎらつかせている。これはつまり、私を仲間にしない? という意思表示だと見た。
「古谷がパーティにいれば、かなり助かるかな」
「ほんと?! じゃあ…」
「古谷、俺と一緒に来てくれないか?」
「もちろんだよぉ!」
心底嬉しそうな笑顔が目の前に咲き、また心が癒される。ゴリラばりの戦闘力を持った彼女と俺がいれば誰にでも勝てる気がした。欲を言えば、もう少し仲間は欲しいのだが。
その前に武器を調達しなければならない。いくらなんでも、ペンで戦い続けるわけにはいかない。
「よし、じゃあ学校に戻って武器の調達をしよう!」
古谷の提案に従い、一度学校に戻ることにした。
学校へ向かう途中、学園内に潜む伝道師について教えてもらった。
古谷の「格闘家」の他に、「魔導師」「ネクロマンサー」「シーフ」「吟遊詩人」などより取り見取りと言えるほどさまざまな伝道師がいるらしい。
誰をパーティに加えるかは俺次第。5人パーティだ、真面目に考えないと後から絶対後悔する。
「私は魔導師がいいと思うなぁ」
古谷は意味深な呟きを漏らす。この時はさほど気にしなかったのだが、後からあぁなるほどとひどく納得した。まぁ後々楽しみにしていてくれ。
校内には部活の生徒と教師しか残っていない。廊下には吹奏楽部の楽器の音が響いていた。奴らはそこらへんの廊下で練習する集団なのだ。
「武器になりそうなものってなにかある?」
「俺の第一候補はほうきとちりとり」
ヘタに剣らしい剣やザ・盾みたいなものを持っていると、一般人に目をつけられた時が非常に厄介だ。俺に質問攻めするのはもう勘弁してほしい。
そのような事情を考慮すると、俺の持つスキルはとても便利だ。どんな形でも右手に持てばそれは剣になる。左手に持てばそれは盾になる。しかしまぁ、若干の事情があり、ふざけんなと思っている部分もあるが。
「ほうきとちりとりなら裏庭に使ってないのが置いてあるよ!」
「裏庭?」
「ほら、倉庫みたいなのあるじゃん」
そういえば今にも崩れそうな古ぼけた倉庫があった気がする。
倉庫に辿り着いてから鍵がないことに気付いた古谷は、裏側に回り殴って穴をあけるという大胆すぎる侵入方法を俺の目の前で実行した。倉庫が崩れるのではないかとひやひやしたが、なかなかしぶとく立っている。
小さな穴(俺は絶対に入れない)から中に入りこんだ彼女はほうきとちりとりを穴から外に放り出す。ほこりっぽいらしく、中から咳が聞こえてきた。
「大丈夫か? 受け取ったぞ」
「うん! 今から出るよ」
言いつつ彼女は穴からひょっこり顔をのぞかせた。そのままするんと器用に外へ出て、軽くほこりを払う。
「それで大丈夫かなぁ?」
「ああ、十分だ」
倉庫の中に放置されていたわりにはなかなか綺麗なほうきだ。金属製のちりとりも少し錆びてはいるものの、使えないほどではない。むしろまだまだ現役で普通にちりとりとして使えるレベルだ。
早速右手にほうき、左手にちりとりを握り、スキル「変換」を発動した。ほうきは剣に、ちりとりは盾に変わる。これで俺は戦える。
「3丁目の公園だっけ?」
なんとか第一公園とかいう、小学生に人気の公園だ。
「うん。早速行くの?」
「当たり前だ、エクスカリバーを手に入れないと」
早くこの勇者業を終わらせるんだ。そんな決意を込めて。しかし古谷は俺の決意を別の方向に勘違いしたらしく、くすくすと笑う。
「高橋くんって真面目だね」
なんだか気恥しくなった。
「行くぞ、古谷」
「あっ、待って待って」
「なんだ」
「あのさ、せっかく仲間になったんだし、私のことはかのこでいいよ」
これは恋愛フラグに発展する展開だろうか。でも相手はゴリラだ。期待しない期待しない。
「…行くぞ、かのこ」
「うんっ、高橋くん!」
嬉しそうな声が背中越しに伝わり、こっそりとばれないように笑った。
いくらゴリラでも、彼女も女の子だ。やっぱり明るく笑えば可愛いんだ。
ふるやかのこ が なかまに なった!