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勇者とは



勇者の一人であるイズミはコツコツと床を鳴らしながら使用人に教えてもらった部屋に向かって歩いていた。


「さーてこれからどーすっかなー。失敗するわけにはいかないし」


何かを考えながら部屋に向かっていた。考えている内容は勇者になるかどうかではなければ、魔物を倒すための力の付け方でもない。


「どうやってこの場所から逃げるか。いや、どうやってあいつ一人を勇者にさせるかだな」


イズミはぶつぶつとつぶやきながら自分の部屋の中に入る。中は清潔に保たれており、また、とてつもなく豪華だった。一瞬、身体に染み付いた貧乏人根性が拒否反応を起こしながらも近くにあった明らかに一人が寝るには広すぎるベッドに飛び込む。


「俺を勇者にさせないほうがこの世界にとって良いはずなんだけど、それの説得は難しそうだしな」


頭をフル回転させ、今後の対応を考える。生活費の稼ぎ方、身分証明、貨幣価値、文化の違い、法律などの対策を頭の中で考えては修正していく。


「さ、どうしたもんか。世間知らずの俺がこの世界でどう生きてくかな」


何とか成るだろうという楽観的な考えは無い。何も知らない、何も持たない自分が独りでこの世界に出て生きていけるとは思っていない。野たれ死ぬのが関の山だ。


「弱肉強食か。厳しいなまったく」


頭をうんうんひねっていると控えめなノックの音がした。


「はい、どーぞ」


失礼しますと入ってきたのはメイドだった。背はイズミより頭一つ高く(イズミの身長は150程度だが)黒い髪を長く伸ばしていた。10人中10人が見惚れそうな整った顔だ。だが、イズミは数少ない例外なので大した反応もなくそのままである。


「それで、用件は何だ?」


「失礼を承知で聞きたいのですが、勇者を辞めるというのはどういうことですか」


無表情で淡々と聞いてくるメイドにイズミは自分の独り言の大きさに驚いていた。だが、盗み聞きされていたことは気にしていないようだった。文句ひとつ言わなかったし、質問すらしなかった。


「うーんとな、理由を言うと、これが全員がお得になれるやり方だからだ」


隠す必要もなさそうに答えた


「なぜですか」


聞き返してきたメイドにイズミは気だるそうに答える。


「俺が勇者に向いてないからだよ。簡単に言うとな」


「え?あなたは騎士を素手で倒すほどの力を持ち、先のことまで考える頭脳を持っているではないですか。少なくとも二人の中ではあなたのほうが強いはずです」


そう考えるのは当然だろう。なんせ、目の前に居るのは七識流にして国の騎士を軽々と倒す相手なのだから。


「あー、言い方が悪かったな。俺は戦士には向いているけど勇者には、英雄には向いていないからだよ」


イズミは頭を掻きながら恥ずかしそうに続ける。


「そうだな、アンタ名前はなんていうんだ」


「メリーと申します」


「そうか、メリー。ずっと聞いていただろう?俺はあいつと違って人を容赦なく殺せるんだ。大切なもののために人を殺せる」


メリーは驚いた。自分が勇者同士の盗み聞きしていたことに気づかれていたことにだ。彼女はとある事情で気配を消す技能を身に付けている。気配を消していたにも関わらず、イズミは気づき、その上でヒカルと話していたのだ。


「あいつはおそらく覚悟を決めるね。それも俺と真逆の殺さない覚悟ってやつを。たぶんあいつはそんな奴だ」


殺さない覚悟。言うのは簡単だが実行するのは苦難の道だろう。


「ハッ!面白い!あいつはまるで勇者になるために生まれてきたような奴だな!俺とは全く違う!」


その言葉には侮蔑も嫉妬も嫌悪も含まれてはいなかった。あるのは尊敬と純粋な驚嘆だった。


「片方は人を容赦なく殺し、初対面の人間すらとっさに盾にする人間。もう片方は悪人だろうが不殺を貫いて改心させようとし、困っている人間が居ればどんなに危険でも戦おうとする人間。どちらが勇者に向いているかなんて考えるまでもないだろう?メリー、お前ならどっちを選ぶ」


戦士と違い、勇者は憧れでなくてはならない


希望でなくてはならない


正義でなくてはならない


善人で勇敢で親切で誠実でなくてはならない


「この世界では魔物との争いなんかで大変なんだろ。なら、そんな世界では勇者は希望の象徴じゃなくてはいけないんだ。俺には無理だ。俺は敵を倒すためには不意打ち、闇討ち、伏兵、罠、人質なんでも使う。誠一筋、清廉潔白、勧善懲悪、正々堂々。そんな存在にはなれねえよ、俺は」


笑って言葉を終わらせたイズミは、まだメリーが居るにもかかわらずベッドに寝転がった。


「あなたは嘘吐きですね。そこまで考えていたにも関わらずこの世界のために何もする気がないとおっしゃたのですから」


「世界のために何もする気はねえよ。俺は俺のために動くんだ。その上で一番良いのがこれだ。全部ヒカルに任せて俺はサポート役にまわるのが一番なんだよ」


まあ、一番の理由は勇者なんてめんどくさいからなんだけどな、と笑いながら言った。そうですか、とメリーは言って部屋を出ようとして、ドアを開けた。


「それでは、イズミ様。お休みなさいませ」


「お休み」


ああ、とメリーが思い出したかのようにイズミに言った


「それと、イズミ様。あなたが勇者になろうとしないのは―――――





――――――私たちを信用できないからでしょう?」


イズミは起き上がり、無表情で答えた


「……あんた俺よりずっと頭が良いけど、俺よりずっと性格悪いね」


「そうですか」


失礼します、と言ってメリーはドアを閉め、自分の仕事に戻って行った。


部屋に一人残ったイズミはうざったそうにベッドに寝転がった。


「あー、あの女。何だよ一体。何で分かったんだよ。俺ってそんなに考えていることが顔に出るのか?くそー、面倒だなー。まさかばれるとは」


手を見ると汗でじっとりと湿っていた。その手をシーツにゴシゴシとこする。


「あの女。ほんと何なんだよまったく。俺の苦手な人ランキング5位にランクインだ」


疲れたようにそう言いながら、目を閉じて明日の朝まで寝ることにした。


まあ、いいか。と心の中で思いながら





メリーは自分の部屋に戻り、ベッドに腰掛けていた。その顔には疲労の色が浮かんでいる。別に仕事が大変だったわけではない。いや、仕事は大変だがここまで疲労が浮かぶようなことはありえない。


「あの方はほんと何なのでしょう」


手にはびっしりと汗が滲んでおり、身体にも力が入っていなかった。


「あんな威圧感、普通の人には出せませんよ。私のは涼しげに受け止めていますし」


さっきメリーはイズミに向かってずっと威圧感を出していた。その威圧は普通の人間なら動けなくなるぐらいなのだが、彼は軽々とその威圧を流し、さらには威圧で反撃までしてきたのだ。二人の間には威圧がぶつかり合い、小動物が間に入ればショック死するぐらいの力があった。


「私のを受け流すなんて簡単に出来るものではないはずなんですが……。それにあれが本気じゃなさそうでしたし。まったく、何なんですかねあの男は」


仕事が増えそうですね、といいながらベッドに寝転がる。


「さーて、これからどうしましょうか。目論見通りに逃がすわけにはいきませんし、かといって拘束などしても軽々打ち破りそうですし。ほんと厄介なのが召喚されましたね。……そうだ、いいことを思いつきました」


メリーは明日からのことを考えながら、眠っていった。


―――――――いたずらを考え付いた子供のように。



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