7.カナダのおなら
風呂上りにリビングのソファでウィスキーを飲みながらゴロゴロしていたら、突然背後からポンと肩を叩かれた。
「なぁ?とーちゃん。今日は『旅するランチョンマット』更新せーへんの?」
「……いやその、今日はもう呑んじゃってるし。いい感じにだいぶ酔いも回ってるし、…な?」
「へぇぇぇ? 酔いが回っててもTwitterやってる余裕はあるんやなぁ」
父が手にしているiPhoneに、ジロリと冷たい視線を向ける長男。
「うっ……いや、ソレとコレとはまた別って言うか」
「ほほぅ? そう言うて『異世界メール』とか『MLO』とかも全然更新してへんよなぁ?
コレもまた放置?『この連載小説は未完結のまま約半年以上の間、更新されていません。
今後、次話投稿されない可能性があります。ご注意下さい。』とかって出ちゃう系??」
「うぐぐ……持病の癪がっ!!」
「ふーーん。持病ねぇ?てか、そもそも〝癪〟って何の病気なん?」
「え゛?……えーえーっと。
〝癪(しゃく)〟とは、近代以前の日本において、原因が分からない疼痛を伴う内臓疾患を一括した俗称。積(せき)ともいい、疝気とともに疝癪(せんしゃく)とも呼ばれた?」
「いや、今思いっきりググってたやろ。てか、別にそこまでして知りたないし。どうでもいいからさっさと書けば?」
……身内が読者だと全く容赦がない。実に厄介なのである。
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「パーンパーパパーンパラランランランラン♪ カナダ。
カナダは、北アメリカ大陸北部に位置し、10の州と3の準州を持つ、連邦立憲君主制国家。
今からおよそ2万年前の氷河期に原住民であるイヌイット(=エスキモー)が、アジアから渡ってきて住みついたと言われている。その後、スカンジナビア半島からのバイキング達がやってきたものの過酷な気象条件により永住することは無く、ヨーロッパ人達が居住するようになったのは16世紀以降の事である。」
と言う訳で、今回はカナダ。
カナダの料理は継続的な移民の波によって様々な食品や文化の影響を受けている。
北極圏ではジビエを使うイヌイットとファースト・ネーション(先住民)の調理法が基本で、その他地域によって影響を受けている文化はスコットランド、フランス、アメリカ、オランダ、ドイツ、ウクライナ、ポーランド、イスラム、中華、ユダヤ系と実に多彩だ。
食材はカナダ全土に渡って割と共通のものが多いのだが、調理方法が地域によってだいぶ異なっているらしい。
よく言われるのが、同じ移民の多い国であるアメリカが異文化の個性を溶かして固める〝人種の坩堝〟なのだとすれば、カナダはいろんな色を合わせて一枚の絵を作る〝モザイク絵〟のようなお国柄なんだとか。
カナダ人には全般的に甘いものが好きな人が多いようで、国民食であるプーティン(フライドポテトにグレイビーソースとチェダーチーズを掛けたもの)にも果物を入れたり、メープルシロップをたっぷり掛けて食べる事も多いらしい。
メープルシロップはそれこそハムやベーコン、目玉焼きにまで掛けて食べる人もいるんだそうで、カナダ全土でかなり高い消費率を誇る食品なんだとか。
世界の料理について調べていると時々面白い名前のものに出会う事がある。
〝ヤンソンさんの誘惑〟だとか〝リマ娘のため息〟だとか。
今回もカナダで食べられている料理について調べていたら、面白い名前のものに出会った。
「ペ・ドゥ・スール(pets de soeur)」。 直訳すると「修道女のおなら」。
シナモンシュガーとバターのフィリングを生地で巻き包んだ菓子で、日本でもよく食べられているいわゆるシナモンロールの事だ。……にしても、菓子なのにオナラって一体?
何だってまたこんな妙な名前が付いたんだろうか?由来が気になるところだ。
早速色々と調べてみたところ、面白い事にフランスにも同じく「修道女のおなら」と呼ばれる名前のお菓子を発見した。
こちらは原語では「ペ・ド・ノンヌ(Pets de Nonne)」。
同じ名前とは言うものの、フランス版修道女のおならはシュー生地を油で揚げて砂糖を絡めたお菓子の事で、カナダのシナモンロールとは似ても似つかない代物らしい。
18世紀末フランシュ・コンテ地方のボーム・レ・ダームの修道女が作り始めたそうで、名前の由来は「修道女がお菓子作りをしている最中にオナラをしてしまい、その音にびっくりしてうっかり油の中にシュー生地を落としてしまったから。」だとか、「シュー生地を油で揚げると時々生地が破裂して空気が抜けて、その様子がまるでオナラをしているようだから。」だとか言われているそうなのだが、いずれにしてもシュー生地を使うこのフランス菓子ならではの由来で、カナダのシナモンロールには繋がりそうもない。
フランスからカナダへ渡る過程で製法が変化したものなのか、それとも全く何の縁も無いお菓子がたまたま似たような名前で呼ばれているだけなのかサッパリわからず、気になってTwitterでも呟いてみたところ、親切なフォロワーさんからカナダのペ・ドゥ・スールの由来について書かれていたサイトを教えていただいた。
原文はフランス語のサイトだったのだが、要約すると「ある時、司祭が『何かすぐ出せるお菓子はないかい?』と修道女たちに尋ねたところ、出て来たのがこのお菓子だった」との事。
コレだけ聞いても日本人的には「????」という感じなのだが、ケベック辺りの俗語で「すぐ出る=おなら」と表現するのだそうで、そこまで聞いてやっと「あーなるほど」と納得する事が出来た。確かにシナモンロールは生地にシナモンシュガーを塗ってくるくる巻いて焼くだけなのだから、「すぐ出る(おなら)」お菓子と言える。
にしてもコレは、原語への理解が足りないとなかなかイメージが掴めない名前だ。
さて、そろそろカナダ料理の調理に移りたいと思う。ちなみにペ・ドゥ・スールは日本でもシナモンロールとして一般的なので割愛するとして、メインになる肉料理とサラダを作っていこう。
まず1品目は「豚ロースのメープルシロップ焼き」
厚めに切った豚のロース肉をおろししょうがとメープルシロップ、塩こしょうで丸1日漬け込んだ後、グリルで焼き上げた料理だ。
なんとこの料理、肉を漬け込むのにメープルシロップを200mlも使うのである。
我が家にあったメープルシロップは250ml入りのものだったので、ほぼ丸々1本をこの料理に使った事になる。
網の上で焼き上がっていく肉はいい香りがして、口に含むとじゅわっと肉汁が広がる。長時間タレに漬け込むだけあって、かなり厚みのある肉であるのにも関わらず柔らかくまろやかになって美味しいのは美味しかったのだが、いかんせん日本人の口には甘すぎるような気がした。
ちなみに今回、この料理の付け合せに「ワイルドライスとにんじんのバターソテー」を添えているのだが、このワイルドライスという食材がなかなか面白い。
〝ライス〟と言っても、こういう黒くて細長い穀物なのだ。
てっきり〝米〟の原種に近いものなのかと思ったのだが、正確には〝米〟では無く、イネ科のマコモ属の植物だ。古くから北アメリカの五大湖周辺に自生しており、ネイティブアメリカンの間では〝聖なる穀物〟として愛され栽培されて来たらしい。
てっきりネイティブアメリカンの人々というのは狩猟民族だと勝手に思い込んでいたので、これには少し驚いた。
さて、このワイルドライス、茹でると若干グロテスクな外見になってしまうものの、バターライスにしてしまえば味は普段日本で食べられている米と大差がないように感じられる。プチプチとした食感でなかなかに美味い。
玄米に比べても栄養価が高く低カロリーなので、近頃はハリウッドなどでも健康食として注目されているそうだ。
寒冷地の過酷な環境でも育つそうなので、異世界トリップものなどで米の代替品として出すのならば、こういう植物がいいのかも知れない。
ちなみに日本ではこの植物の近縁種であるマコモダケに付いた菌をマコモズミと呼び、お歯黒、眉墨、漆器の顔料として利用している。
2品目は、「スモークサーモンのサラダ」。
カナダではサラダと言えば、スモークサーモン!というくらい定番のサラダらしい。
寒冷地らしく、カナダでは元々はあまり生野菜を食べる習慣が無かったそうなのだが、昨今は健康ブームの影響でこのスモークサーモンのサラダの他にも「クリュディテ(生野菜の盛り合わせ)」や、茹でたワイルドライスを使った「ライスサラダ」など、そこそこ食べられるようになって来ているのだそうだ。
このサラダは、食べやすく切った生野菜をオリーブオイル、レモン汁(もしくはワインビネガー)、塩こしょうでざっくりと和えて、スモークサーモンと一緒に盛り付けたシンプルなものだ。
実は参考にさせてもらった元レシピの注釈に「ドレッシングにメープルシロップを加えるとよりカナダ風になります」などと書かれていたのだが、メインの豚ロースのグリルにたっぷりとメープルシロップを使っていた為、さすがに入れる気になれなかった。
それが無ければ、酸味が効いていてなかなかさっぱりした美味しいサラダだ。個人的には入れない方が肉にもよく合うと思う。
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グリルで肉を焼く香ばしい匂いに惹きつけられて、フラフラとキッチンに群がった鶏皮家の人々。
焼き上がった肉が皿に盛り付けられるなり、慌ただしくパクつき始める。
「おー!お肉柔らかいっ!美味しー!!」
最初のうちは勢いよくバクバクと食らいついていたものの、やがて2切れ3切れと食べ進めるうちにだんだん様子がおかしくなって来る。
「……うーん。コレ、確かにお肉がすごく柔らかいし、ショウガの風味が効いたタレがしっかり染み込んでて美味しいのは美味しいんやけど……」
「ちょっと日本人には甘すぎるんとちゃうか? 半分くらいの量やったらいいんやけど、途中で味に飽きて来るなぁ。」
「やっぱそうかぁ。うん、まぁ自分でもタッパーにドバドバとメープルシロップを投入してる時点で何か嫌な予感がしててん。そうやなぁ。うーん、これはあれやな。漬け汁に醤油をプラスしてアレンジするとちょうどいい感じになるかも知れんな。」
「……とーちゃん、ソレもう単なる豚の生姜焼きやん!」
と言う長男のツッコミが入ったような気もするが、きっと気のせいだろう。
レシピ詳細
●豚ロースのメープルシロップ焼き
材料 ( 5人分 )
豚ロース肉 5枚
■ つけダレ
メープルシロップ 200ml
おろししょうが 大さじ2
塩こしょう 適量
醤油 (本来は入れません。お好みで)
■ 付け合せ
ワイルドライス 120g
にんじん(千切り) 2/3本
かぼちゃ(千切り) 少々
いんげん 1束
バター 大さじ2
塩こしょう 適量
1.大きめのタッパーにつけダレを作り、豚肉を漬け込みます。
※丸1日しっかり漬けて肉を柔らかくします。
2.ワイルドライスを洗って、たっぷりの塩水で40分ほど茹でます。
3.グリル(中火)で豚肉を焼きます。焦げやすいのでこまめに裏返して下さい。
4.豚肉は焼きあがったら、大皿かバットに上げて置き味をなじませます。
5.フライパンにバターを熱し、茹で上がったワイルドライスとにんじん、かぼちゃ、いんげんを炒めます。
6.軽く塩こしょうをし、豚肉と共に盛り付ければ完成。
かなり濃厚で甘いので、酸味の効いたサッパリしたサラダと一緒にどうぞ。
●カナダ風スモークサーモンのサラダ
材料 ( 4~5人分 )
スモークサーモン 1~2パック
■ 野菜は旬のものをお好みで
グリーンリーフレタス 2枚
玉ねぎ(スライス) 1/2玉
ほうれん草 4枚
にんじん(千切り) 1/2本
かぼちゃ(千切り) 少々
■ ドレッシング
オリーブオイル 80ml
レモン汁(もしくはワインビネガー) 80ml
塩コショウ 適量
メープルシロップ お好みで
1.野菜は食べやすいサイズに切り水に晒しておく。
2.ボウルにドレッシングの材料を入れ、1の野菜とざっくりと和える。
3.皿にスモークサーモンを並べ、その上から2を盛り付ければ完成。