3.バットマンがいるブルガリア
各話で国名の前に流れている妙ちきりんなメロディはその国の国家だったり。
ウズベキスタン=ウズベキスタン共和国国歌
スウェーデン=古き自由な北の国
ブルガリア=愛しき祖国
――月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり
若い頃は1日1日がやたら長かったのに、30を越えた辺りから飛び去るように時間が経つようになってしまった気がする。
あっという間に1週間が過ぎ、気が付けばもう次の週末。 まさに光陰矢のごとし。
そして今、目の前のテーブルの上にはまたしても件のしゃべる地球儀がドドンと鎮座し、その背後にはさりげなく長男が待機していた。
「……で?」
「いやいやいや。『で?』とちゃうし。
K助(次男坊)→じーちゃんと来たんやから、やっぱここは順番からいっても今日は僕の番なんとちゃうか?」
一体どういう根拠なんだかよくわからないんだが、どうやら地球儀で夕飯を決める事自体は既に決定事項になっているらしい。
にしても、ばーちゃんの存在はスルーなんやな。いいんか?それで。
「どうせまた海ばっかり当たるんとちゃうか?
てか、いくらランダムや言うてもあまり訳がわからん国に当たるようやったら、どうにも作りようがないで?」
一応は釘を刺してみたものの、既に長男の手によって地球儀はカラカラと音を立てて回り始めていた。
速度が落ちて来るのを待ち、じっくりと狙いを定めて着実に陸地をタップする。……どうやらその辺は前回で学習したらしい。
スタンッ!
「ターンタタタターンタターン♪ ブルガリア共和国。
ブルガリアはヨーロッパ東南部、バルカン半島の東側、黒海沿岸に位置する共和制国家。
古代からヘレネス(ギリシャ)、ローマ、ビザンチン、オスマントルコと大国支配を受け続けた歴史を持つ。農業と酪農が盛んで、山岳地帯の自然と小さな村々の織り成す風景が美しい。」
「ブルガリア……かぁ」
顔を見合わせる父と息子。
「なぁ、ブルガリアってどんな国やっけ?」
「ヨーグルトと相撲の琴欧州くらいしか知らんわ。てか、ブルガリアヨーグルトって言っても明治のやつしか食った事無い。」
「……やっぱそんなもんやんなぁ?」
どうやら今回もなかなかに前途多難なようだ。
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さて、こんな風に気になる国がどんな国なのか全くもってイメージが掴めない時は、その国に伝わる民話や民謡などを調べてみる事にしている。
古くから伝わる伝承の類には、それぞれの国の文化や民族性がはっきりと現れていてなかなかに面白い。
例えば、トルコの民話にはホジャ・ナスレジンなるキャラがよく出て来る。
このホジャというキャラ、日本で言うところの吉四六さんや一休さんポジションに当たるとんちが得意な人物なのだが、実はこのホジャ、いくつかのブルガリア民話にも登場しているのである。
ブルガリアにもペータルという名のとんちキャラがいて、ホジャはいつもこのペータルにうまい具合に騙されて間抜けな失敗をするようになっているのだ。
これはこの国が5世紀近くに渡ってトルコに支配された歴史的背景があるからこそ産まれた話なのだろう。支配下に置かれていたブルガリアの民はこの話を聞いて溜飲を下げていたに違いない。
その他、ブルガリアには吸血鬼伝説も根強い。
ヨーロッパ文学において吸血鬼が題材にされるようになったのは19世紀末くらいからなのだが、ブルガリアではもっと古い時代から民話レベルで吸血鬼の話がいろいろと残っているようだ。
とあるお城のお姫様が命がけで愛する吸血鬼の運命を救おうとするロマンスなんかもある。なかなか設定に突飛なところがあって(胸の中に扉があって帽子の中に隠してある鍵を使ってその扉を開けば吸血鬼から元の人間に戻れる)面白い話なので、ファンタジー系に興味がある方は探して読んでみるといいかも知れない。(タイトルは「吸血鬼の花嫁」)
吸血鬼とは直接関係は無いのだがコウモリ繋がりという事でバットマンの話。
実はブルガリアにはバットマンがいる。
と言っても、もちろんあのアメコミヒーロー本人の事ではない。
ブルガリアの現首相ボイコ・ボリソフ氏は国民から親しみを込めて〝バットマン〟とか〝ボイコ兄貴〟というニックネームで呼ばれているのだ。
確かにこの人物、ネットで検索して画像などを見てみると、なかなかにワイルドな風貌を持ったマッチョなイケメンオヤジなのだが、「汚職にまみれた役人は許さない。叩きのめしてやる!」という派手な台詞と共に、不正が疑われる市職員を辞職に追い込んで刑事責任を追及した荒療治ぶりと、マフィアとの対決も辞さない〝闘う首相〟っぷりが国民に受けているのだそう。
さらにこのボリソフ氏、空手の有段者であり、3部リーグとは言え現役でプレイしているサッカー選手でもあったりもする。
職歴の方もすごくて、消防士、警察官、さらにはシオメンⅡ世(2代前の首相であり、最後のブルガリア国王でもある)のSPまでやっていた事があるんだとか。……なんかもうホント無茶苦茶な人だ。
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さて、話がすっかり脱線してしまったが、とにかくブルガリア料理を作ってみようと思う。
ブルガリアの食には、その複雑な歴史がそのまま反映されていて、やはりトルコやギリシャなどの影響が強い。
1品目はブルガリアを代表的な料理である「カヴァルマ」。
ギュヴェチェと呼ばれる専用の土鍋で、肉や野菜類をトマト風味に煮込んだ料理だ。
フライパンで一度炒めた肉や野菜類と、クミンやパプリカなどのスパイスで風味付けしたトマトソースとをたっぷりと土鍋に入れる。
ここで日本ならば、土鍋をコンロに掛けてコトコトと煮込むところなのだが、ブルガリアでは土鍋をそのまま丸ごとオーブンに突っ込んでじっくりと煮込むのだ。煮込むと言うよりも、焼き上げていくと言った方が正しいかも知れない。
オーブンの中でゆっくりと肉汁の旨みと野菜の出汁がトマトソースの中に溶け出し、扉を開けるとじゅわじゅわと音を立てて、たまらない良い香りが漂って来る。
2品目はパプリカの肉詰めである「セルミ」。
これはトルコの影響の強い料理だ。トルコ料理の伝統的な料理「ドルマ」とよく似ている。
パプリカの中に炒めた玉ねぎと挽肉、米を詰め、これもまたクミンやパプリカの入ったトマトソースの中でゆっくりと煮込んでゆく。甘いパプリカに肉とトマトの旨みがよく沁み込んでふんわりと柔らかくなりとても美味だ。
ちなみにこのセルミ、仕上げに刻みパセリの入ったヨーグルトをたっぷりと掛けて食べるのだが、コレが意外な事に煮詰められた濃厚なトマトソースとよく合う。肉や米がたっぷり入っていてボリュームがあるにも関わらず、ヨーグルトのさっぱりした食感のせいでついつい食べ過ぎてしまいそうになる。
ちょっぴり危険な料理かも知れない。
3品目は「ショプスカサラダ」
ブルガリアで一番よく食べられているサラダだという。
首都ソフィアの西に広がるショプルックと呼ばれる地域の発祥らしい。
トマト、 きゅうり、タマネギ、ピーマンをオリーブオイル、塩こしょう、ワインビネガーでさっくりと和え、上からたっぷりとにシレネ(白い)チーズを乗せるいかにも酪農国であるブルガリアらしいサラダである。
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「そう言えば、琴欧州ってなんで相撲取りになろうと思ったんやろなー? だってモンゴルとかと違って、元々ブルガリアには相撲に似たようなスポーツって無かったんやろ?」
「ブルガリアって親日で、柔道とか空手とか合気道とか人気があるらしいで?その流れで相撲をやる人が出て来たんとちゃうかな?」
「へぇー?でもそもそも何で親日なんやろ? 日本とはだいぶ距離も離れてるし、歴史的にもほとんど接点とか無さそうやのに。」
「なんか、ブルガリア人の国民性は〝質素と勤勉〟って言われてて、同じような性格を持つ日本人に親近感を覚えた人が多かったんじゃないかって言われてるらしいで?」
そんな親子の会話を黙って聞いていたばーちゃんがボソッと一言。
「ふーん。〝質素と勤勉〟ねぇ? 我が家ではそんな性格を持つ日本人なんか見た事無いわ」
「「「…………。」」」
「……さーて、俺はそろそろ茶碗でも洗うとするかな?」
「あっ!僕、明日の準備チェックして来る!」
「僕はうさぎの世話をして来よっと。」
「えっ!?えーっとえっと……じーちゃんはテレビでも見ようかな?」
じーちゃん……ばーちゃんが物凄い形相で睨んでるぞ? GoodLuck☆
レシピ詳細
●ブルガリアの肉野菜煮込み「カヴァルマ」
材料 ( 4~5人分 )
豚肉か鶏肉 500g
玉ねぎ(中) 1個半
トマト(中)(カットトマト缶でもいい) 2個
ピーマン 2個
マッシュルーム(ホール) 15個
トマトジュース 150ml
塩 大さじ2
クミンパウダー 少々
パプリカパウダー 少々
塩こしょう 適量
オリーブオイル 適量
卵 人数分
1.肉→一口大、玉ねぎ→スライス、トマト→1cm角、ピーマン→半分に切って千切り
2.フライパンにオリーブオイルをひいて、玉ねぎと肉を炒める。
3.玉ねぎが透明になってきたら、マッシュルーム、トマトを加えてさらに炒める。
4.油がなじんだら、パプリカとクミンをふり、白ワインとトマトジュースを加えて塩こしょうで味をととのえて5分くらい煮る。
5.土鍋に4を移し替えて、上に卵を割り入れ、フタをして予熱しておいた180度のオーブンで20~30分ほど焼く。上の卵が固まったら完成。
●パプリカの肉詰め・セルミ
材料 ( 5人分 )
パプリカ 5~6個
合いびき肉 300g
米 150g
玉ねぎ(中) 2個
トマト水煮缶 1缶
トマトジュース 1/2カップ
にんにく(みじん切り) 2片
パセリ(みじん切り) 1束
白ワイン 1/2カップ
水 1/2カップ
クミンパウダー 大さじ1/2
パプリカパウダー 大さじ1/2
オリーブオイル 適量
塩こしょう 適量
■ ヨーグルトソースの材料
ヨーグルト 1カップ
パセリ(みじん切り) 1束
塩こしょう 少々
1.パプリカのヘタの部分を切って(捨てずにとっておく)スプーンを使って種をくりぬく。
2.フライパンにオリーブオイルをしき、玉ねぎとにんにくの半量を炒める。
3.玉ねぎが透明になってきたらひき肉を加え、ぽろぽろになるまで炒める。
4.米を加えさらに炒め、米が透き通ったら。パセリ1束分とクミンパウダー、パプリカパウダー、塩胡椒を加えて味を整える。
5.全体がなじんだら火を止め、粗熱を取る。
6.鍋(中華鍋とか)にオリーブオイルを敷き、玉ねぎとにんにくの残りを炒める。
7.玉ねぎが透明になってきたら、トマトとトマトジュースを加え、塩こしょうで味を整えて、煮汁が2/3くらいになるまで煮詰める。
8.種をくりぬいたパプリカに5の具を詰め、ヘタの部分でフタをして爪楊枝で止める。
9.鍋にパプリカを並べて白ワインと水を加え、フタをして時々転がしながら弱火でコトコト1時間くらい煮込む。
10.煮込んでいる間にボウルにヨーグルトソースの材料を入れ、よく混ぜ合わせておく。
11.鍋のフタを取り、水気を飛ばすように中火で少し焼く。(焦がさないように)
12.焼き上がったら、皿に盛付けヨーグルトソースをかけて完成。
●ショプスカサラダ
材料 ( 4~5人分 )
シレネチーズ(フェタチーズ) 150g
きゅうり 2本
プチトマト 8個
ピーマン 1個
玉ねぎ(スライス) 1/2個
オリーブオイル 大さじ3
塩こしょう 適量
ワインビネガー(酢でもいい) 大さじ3
レタス 2~3枚
1.野菜をそれぞれ一口大の大きさに切る。
2.ボウルにオリーブオイル、塩こしょう、ワインビネガーを入れ、レタス以外の野菜をあえる。
3.皿にレタスを敷き、2を盛り付け、上からたっぷりとシレネチーズを掛けたら完成。