2.誘惑のスウェーデン
満面の笑みを浮かべながら、じーちゃんが近づいて来る。
なんだかなー?普段がブスッとしていて滅多に口を利かない頑固ジジイなだけに、嫌な予感しかしない。
じーちゃんは目の前までやってくると、後ろ手に隠して持っていたらしき地球儀をドン!とテーブルに据えてニヤリと得意気な顔で振り返った。
「なぁ?コレをぐるぐる回して、当たったらその国の料理が食べられるんやろ?」
なんだその認識。「当たったら食べられる」ってクイズかなんかと勘違いしてないか?おい。
どうやら昨晩次男坊が地球儀を回していたのを見て、密かにやってみたくて仕方が無かったらしい。
「おっ?こうか?こうやって回すんか?」
カラカラカラ……スタンッ!
しかし、勢いよくタッチペンでタップしたものの何も起こらなかった。
「えっ?あれっあれ?なんでや!? なんやこれ!壊れとるんちゃうか!?」
ガンガンとしつこくタッチペンで地球儀をタップするジジイ。
「…………じーちゃん、ソレ電源入ってない」
見かねた長男がスイッチを入れてやると、それまでウンともスンとも言わなかった地球儀が勢い良く喋り出す。
「チャラララ〜♪ ○○○グローヴへようこそ。地球儀をスマートペンでタッチして下さい」
「なんや。壊れてへんやないか。もっとはよ言うてーや」
ホッとした顔でペンを握り直すと、再び地球儀に向き直るじーちゃん。
カラカラカラ……スタンッ!
「チャラララ〜♪ 太平洋」
「なんや海か。つまらん。よしもう一回!」
カラカラカラ……スタンッ!
「チャラララ〜♪インド洋」
カラカラカラ……スタンッ!
「チャラララ〜♪北極海」
カラカラカラ……スタンッ!
「チャラララ〜♪大西洋」
「「「……。」」」
流石に4回連続ハズレだと微妙な空気が漂う。
「おい。なんやコレは!?やっぱり壊れとるんちゃうんか!さっきから海ばっかりやないか!」
いやそんな事言われても……。実際、地球上の表面は約7割が海に覆われているのだ。そりゃ闇雲にダーツみたいにタップしていれば、かなりの確率で海に当たっても不思議ではない。
「じーちゃん、ちょっと気合入れて回しすぎなんとちゃう?
もうちょいゆっくり回して陸地を狙って確実にタッチした方がええんとちゃうか?」
「そういうもんか?」
おとなしく長男のアドバイスに従い、今度ばかりはそろそろと地球儀を回すじーちゃん。
カラカラカラ……スタンッ!
「パパーララパーララパーララー♪ スウェーデン王国。
スウェーデンはスカンディナヴィア半島に位置する立憲君主制国家です。先祖は9世紀前後にヴァイキングの名で知られる海洋民族でした。」
「おおっ出たっ!見てみぃコレ!スエーデンやと。やったやった!今夜は据え膳料理が食べられるな!」
いや、そんなドヤ顔で報告されても。てか、据え膳料理て。ジジイは毎日が据え膳料理だろうが。
……などという事は、思っていても決して口には出さない。とーちゃん出来たオトナだからね!
そんな訳で、なし崩し的にこの日の夕食はスウェーデン料理に決定したのだった。
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スウェーデンと言えば、北欧の国。
国土の8割が冷帯に属し、農地に至っては国土全体のたった6.5%にしか過ぎない。
その為、野菜や果物類はほとんど食べられていないのだが、驚くべき事に穀物類やその他の食品については、ほとんどの項目において80%超の高い自給率を誇っているのだ。
米以外のほぼ全ての食品がかなりの率で輸入品で賄われている日本と比べると、これはちょっと信じられないような数字である。
スウェーデンの一般家庭でよく食べてられているメニューの上位ランキングは、ピザ、ミートボール、スパゲティミートソース、挽肉料理、中華料理など。そして付け合せにはとにかく必ずと言っていいほどじゃがいも。ケチャップを添える事も多いらしい。
後、砂糖をふんだんに使ったお菓子類やアイスクリームも人気なんだそうだ。
……あ、あれ? まるでファミレスのメニュー? スウェーデンの人って意外にお子様舌なのか?
スウェーデンの人は食に保守的な傾向が高いらしくて、海外に滞在していても最初のうちはいろいろと食べてみるものの結局はハンバーガーショップにばかり通ってた。というようなケースが多いらしい。
宗教的文化的背景もあり、有数の福祉国家であるこの国では子供をとても大切にするそうなので、彼らの好みを尊重してたら、いつしかこんな感じのメニューになっていったって事なんだろうか?……いや、それだけでも無いような?
さすがにそういうファミレスちっくなメニューじゃアレなんで、伝統的なスウェーデン料理について調べていたら、面白い名前の料理に出会った。
その名も、〝ヤンソンさんの誘惑〟。
生クリームとアンチョビを使ったポテトグラタンの一種なのだが、この名前は19世紀に実在していたと言われる宗教家エリク・ヤンソンのエピソードから付けられたものなのだそうだ。
ある時、このヤンソン氏なる人物が布教活動のために弟子を伴って港町に辿り着いたらたまたまこの料理が作られていた。
ヤンソン氏は漂って来る香ばしいアンチョビとクリームの混ざり合った濃厚な香りに誘われて厨房を覗き込んでしまい、大きなグラタン皿の中でピチピチと黄金色に蕩けるチーズのあまりに美味しそうな様子を目撃してしまう。そしてついに耐え切れなくなり、とうとう厳格な戒律で縛られた菜食主義者である立場も忘れてこの料理を口にしてしまったのだと言う。
厳格な宗教家ですらも教えを放棄してしまうような強烈な誘惑を持つひと皿。
その名前を聞いただけでも、なんて魅力的な料理なんだろうと思う。
実際に作ってみると、じゃがいもと玉ねぎ、アンチョビを交互に重ねて生クリームとチーズを掛けてオーブンで焼くだけの極々シンプルな料理だ。なのに、やっぱりこの香りにはなかなかに抗いがたいものがある。と思わず納得してしまった。
もう1種類作ったのは、スウェーデンの国民食と言われるミートボール。
日本で一般的にミートボールと言えば、ケチャップなどのトマト系ベースの味付けが多いのだが、スウェーデンの王道はクリームソースにコケモモのジャムを添えたもの。で、付け合せには必ずと言っていいほどじゃがいもが付いてくる。スウェーデン人ほんとじゃがいも好きだな。
ヤンソンさんの誘惑がクリーム系なので、今回はデミグラスソースバージョンで作ってみた。
こちらの方も割とよく食べられているそうだ。
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「……と言う訳で、ヤンソン氏はとうとう誘惑に負けて、この料理を口にしてしまったんやってさ。
お弟子さん達はそんな師父の様子にすっかり幻滅してしまってみんな離れていってしまったらしいで?」
「えー!?マジで?それぐらいで見限られるて、よっぱど厳しい宗教やったんやなぁ。」
「ほんまやー!もったいな。せっかく美味しいんやし、みんなで一緒に食べたら良かったのに。」
「……ヤンソン氏だけに、やーん!損したって感じやったんやろな。」
「「「…………。」」」
じーちゃんの壊滅的なダジャレのおかげで、魅力的なスウェーデン料理の誘惑もスッパリとどこかへ消え去ってしまうのであった。
レシピ詳細
●ヤンソンさんの誘惑
材料 ( 4~5人分 )
じゃがいも 5個
アンチョビ缶 半分~1缶
生クリーム 200ml
玉ねぎ 1個
1.じゃがいもは皮をむいて、1cm幅の千切り、玉ねぎはみじん切り、アンチョビは1cm幅に切っておく
2.フライパンに油を熱し、玉ねぎをきつね色になるまで炒める。
3.耐熱容器にじゃがいも、たまねぎアンチョビの順に繰り返し、これをさらに2回繰り返して層にする。
4.アンチョビの汁少々と生クリームを回しかけて、200℃のオーブンで40~60分くらいじっくり焼く。(焦がさないように)
●スウェーデンミートボール・デミグラver
材料 ( 5人分 )
牛ひき肉(合いびきでも) 700g
玉ねぎ 2個
卵 1個
生クリーム 100ml
パン粉 100ml
水 25ml
イタリアンハーブソルト 小さじ1
黒こしょう 小さじ1
パプリカパウダー 小さじ1
デミグラスソース 200ml
1.玉ねぎはみじん切りにし、フライパンで透明になるまで炒め、冷ましておく。
2.ボウルにパン粉、生クリーム、水を入れふやかす。
3.2のボウルにひき肉、玉ねぎ、卵、イタリアンハーブソルト、こしょう、パプリカを入れ捏ねる。
4.綺麗に混ざったら、直径4センチほどに丸める。(この分量の場合、全部で25個作りました)
5.フライパンにオリーブオイルを熱し、転がしながら焦げ目を付けて焼いていく。
6.全体的に焼き目がついたら、火を弱くし、デミグラスソースを加えゆっくり30分くらい煮込む。
7.皿に盛り付け、付け合せを添えたら完成。