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よろしくお願いいたします。
「やっと着いた! 雪、降るかと思った」
明るい声。結菜の肩がほどける前に、胸の奥が痛んだ。梨央だ。自分の親友。来るなんて聞いていない。聞いていたら、この旅行に来ただろうか。
梨央はコートの襟を立てたまま、航を見て眉を上げた。
「なに、ちゃんと来たんだ」
「来たよ。約束したし」
航の声が、ほんの少しだけ低くなる。結菜はその変化に気づいてしまう。気づくのは得意だ。気づいた後、どう扱えばいいのかが下手なだけで。
梨央の後ろから、男が入ってきた。背が高く、眼鏡の奥の目が落ち着いている。荷物は最小限。コートのポケットに手を突っ込んだまま、周囲を一度だけ見回していた。
「修です。……久しぶり」
修は航に向かって軽く顎を引いた。
「相沢さん、ですよね。梨央から聞いてます」
結菜の方には、初対面の礼儀の角度だけを向ける。
聞いてます、という言い方が妙に引っかかった。私の何を? 旅行のこと? それとも——。
結菜が口を開く前に、梨央が先に笑った。
「結菜、びっくりした? ごめん、言うと逃げると思って」
「逃げるって……」
言い返そうとして、結菜はやめた。ここで声を荒げたら、目的が壊れる。目的。関係修復。その言葉を、結菜は何度も頭の中で転がしてきた。転がすほどに角が取れて、結局何を修復するのかが曖昧になる。
峰岸は混乱した様子を見せない。むしろ、全員が揃ったことを確認するみたいに宿帳を閉じた。
「お越しいただきありがとうございます。航さま、結菜さま、梨央さま、修さま。静香さまは、少し遅れると連絡が入っております」
「静香って?」
結菜が口に出したのは、それが誰か知らないからだ。知らないのに、喉の奥に小さな棘が立つ。名前だけで嫌な予感がする。
梨央は笑って、笑いきれないまま言った。
「来るよ。——今日の“精算”には、必要だから」
精算。会計みたいな単語が、なぜこんなに重く響くのだろう。
結菜は思わず航を見た。航は視線を逸らし、ロビーの壁の写真を眺めている。山の稜線。川。季節の花。どれも人がいない。ここには、生活の匂いがない。残っているのは、“記録”だけだ。
峰岸がカウンターの下から鍵束を出した。鍵は二つだけ。金属が触れ合う音が、妙に大きく響く。
「お部屋は二階になります。本日は——」
峰岸は言いかけて、ほんの一拍だけ言葉を選んだ。選んだのではなく、確認したみたいに見えた。
「——本日は、皆さまに同意をいただいた上で、ご滞在いただきます。ご安心ください」
結菜は思わず眉をひそめた。
「同意、って……さっきの規約ですか?」
峰岸は結菜を見た。その視線には、感情がない。あるのは、確認。
「はい。——同意は取れてます」




