寄らば大樹の陰 下
天文二十一年(一五五二年)一月 山城国愛宕郡 京都御所
大広間にいた人々が左右に分かれて程なく、父上が姿を現した。その後ろには、裃姿に烏帽子を戴いた兄上が続き、更にその後ろを大舘陸奥守殿、大叔父上、弾正殿が従う。彼らは大広間の中央を進み、最前列で左右に分かれて座した。
兄上の表情は常になく引き締まっていた。元服の儀で何がしかの因果を含められたのか、それとも本人なりに思うところがあったのかは分からない。だが、儀を終えてなお気を緩めていない。それだけで十分だ。少なくとも、私の軽口を真に受けはしなかったということなのだから。
幕臣たちも兄上の立ち居振る舞いを見たのだろう。三好家に友好的、ないし中立らしき面々の中には笑みを浮かべている者もいるが、三好家を好ましく思っていない面々は一様に渋い顔をしている。高く評価されていることを喜ぶべきか、警戒されていることを重く見るべきか。……まあ、ここで浮かれる姿を見られて侮られるよりはよいか。
「公方様の御成りー」
僅かに間延びした小姓の声が響く。皆が頭を下げると、ややあって足音が通り過ぎてゆく。静かだが、体捌きの巧みさが窺える足音だ。公方様はかなりの遣い手だと噂に聞いていたが、どうやら事実らしい。
「面を上げよ」
足音が遠ざかってから、ややあって声が掛かった。顔を上げると、上座には若い男の姿があった。あれが公方様か。
年の頃は十代半ばほどだろうか。与一郎殿よりも年少に見える。体つきはがっしりとしており、そこだけ見れば一端の武芸者といった趣がある。だが、覇気の薄さがその印象を削ぎ、どうにも頼りなく映った。顔立ちは決して悪くない。むしろ美男の部類に入るのだが……。
公方様が私たちを見回し、一つ頷いた。自身の権威を確認して満足したのか、或いはこの中の誰が異心を抱いているのかと不安に思っているのか、そこまでは読み取れない。ただ、緊張に強張った表情があるだけだ。
「……元服の儀は無事に終わったと聞いた。どのような名を付けてもらったのだ?」
「はっ、三好孫次郎慶光にございまする」
「慶光か。……そうか、良い名だな」
“有難うございまする”と言って兄上が頭を下げた。実際、無難といえば聞こえは悪いが、三好家と幕府双方の顔を立てるには相応しい名だ。
慶の字は父上から、光の字は加冠役を務めた大舘陸奥守殿からだろう。父上の後継であることを示すと同時に、幕府との繋がりをも示せる。そういう意味で、実に良い名だ。
畿内に勢力を張る三好家にとって、現時点で最も肝要なのは幕府との良好な関係を内外に示すことにある。和睦からまだ二年、公方様から直に偏諱を受けるのは難しかろう。だが、その代わりに幕府重鎮たる陸奥守殿の一字を受ければ十分だ。公方様からの偏諱が持つ政治的重みを思えば、むしろこの名付けは相当に巧い。
「三好家は今や将軍家にとって重要な家だ。そなたはいずれその家を継ぐことになる。今後とも忠勤に励んでくれることを願っておる」
「はっ。この孫次郎、身命を賭して御言葉に応えまする」
公方様の言葉に兄上が答え、深々と頭を下げた。それに続いて満座の面々も頭を下げる。これで、三好家の次代が幕府に忠勤を誓う構図が明らかになった。形の上では公方様を立てたが、これから三好家が畿内に保持する影響力は更に拡大していくことだろう。この場の誰もがそれを知っている筈だ。そう考えると、このやり取り自体が途端に空疎なものに思えてくる。公方様はそれに気付いているのだろうか。……表情を覗えぬ以上、こればかりは分からないな。
「その方の忠節、嬉しく聞いた。……応仁の大乱以来続いた乱世を鎮め、日本に静謐を齎すため、我らは手を取り合って進んでいかなくてはならぬ。頼んだぞ」
一同が畏まる声を大広間に響かせる。将軍としては当たり前のことを言ったに過ぎぬ。だが、それにしても白々しい。応仁の大乱を招き、その後百年近く続く乱世を鎮められずにいるのは、足利将軍家そのものなのだから。
権力は、文字通り力の裏付けによってのみ意味を持つ。この場合は武力だ。それを持たぬ者が徒に権力を振りかざしても、滑稽なだけでは済まない。無残な末路を辿るだけだ。実際、暗殺された将軍もいれば、家臣に押し込められて無理やり要求を呑まされた将軍もいるのだ。
乱世の平定に乗り出す以上、力なき者は淘汰される運命にある。それが嫌だというのならば、力を付け、周囲を呑み喰らうしかない。
覇道の行く末に許される勝者は、常にただ一人。仲良く手を取り合って、などという世迷言は通らぬのだ。それを理解しているのであれば生き残ることも出来ようが、果たしてどうなることか……。
―――――
「まずは元服おめでとうございます、兄上。これで晴れて一人前でございますな」
「ああ、有り難う。……とはいえ、前途洋々とはいかないだろう。気を引き締めていかねばならぬな」
兄上が浮かぬ表情で息を吐く。大大名の嫡男という重責が、さすがに身に沁みているのだろう。
公方様から御言葉を賜ったあと、三好家の一同は御所から仮の宿としている妙覚寺へと移っていた。
妙覚寺を仮の宿としているのには理由がある。何かと便利だから、というだけではない。三好家と法華宗の関係が良好であることも大きい。要するに、妙覚寺の側から宿として使ってほしいと申し出てきたのだ。畿内の有力者たる三好家と法華宗の近しさを喧伝するためだろう。
「差し当たって、何処を攻めるかという問題もございます」
「うむ、弾正の申す通りよ。内政に二年間を費やしたことで、我らにはかなりの余力がある。何処を攻めることになっても不足はないかと」
弾正の言葉に大叔父上が同意を示す。確かに三好家の懐事情にはかなり余裕がある。それに、摂津の国人衆も先の江口合戦以来、三好家寄りの姿勢を明確にしている。打って出る機会ではあるだろう。
「丹波はなりませぬぞ。名分がございませぬ」
「宇津庄で普元入道の家臣たちが抵抗を続けているではないか。あれの討伐であれば名目になるだろう」
「抵抗を続けているとは申されますが、和睦以来、彼らも兵こそ保っているものの、干戈を交えるには至っておりませぬ。それに彼の地は京兆家の領地。我らが攻め入れば、次郎様は傀儡に過ぎぬと満天下へ示すことになりますぞ」
私の反駁に大叔父上が口ごもった。次郎氏綱様は担ぎ上げられた存在とはいえ主筋にあたるお方、その面目を潰すのは拙いと思ったのだろう。
「そうなると、候補としては播磨か大和になりますが……。播磨からは此度の元服を寿ぐ使者が来ておりましたな」
弾正殿の言葉に兄上が頷いた。祝いの使者を寄越した相手を攻めるのは、さすがに道義に悖る。
「となると大和か。彼の地は寺社勢力が強い。あまり美味くはないが……」
「しかしながら、大和を獲れば西と南の二方向から六角を睨むことが出来ましょう。狙う価値は十分にあるかと」
六角とは姻戚関係を結ぶ予定なのだがな。まあ、永遠に続くものとは誰も思ってはいないだろうから、仕方がないか。
「次点は長宗我部かと。四国を盤石にすることも考えておかねばなりますまい」
父上が頷いた。長宗我部家は東土佐を領する勢力で、領地はさほど広くない。だが兵は精強で鳴り、当主の長宗我部宮内少輔国親殿も相当のやり手だと聞く。大をなす前に叩く――それもまた一つの手ではあろう。
「よし、次の評定にてその辺りも諮るとしよう。慶光、元堯、その方らも参加するのだ。よいな?」




