1.森の奥で
もうひとつ作品を書きます。
またまたファンタジーですがよろしくお願いいたします
序章
少女が森で目を覚ましたとき、最初に見えたのは鍋だった。
ぐつぐつと煮え、緑とも茶ともつかない色の液体が泡を立てている。
「起きたかい」
しわがれた声に、少女は飛び起きた。
知らない天井。干した薬草。煙の匂い。
「食べる?」
差し出された木の椀から、湯気が立つ。
少女は一瞬ためらい、それから一気に口に運んだ。
「……にがい」
「良薬はね」
魔女は満足そうにうなずいた。
少女は名前を覚えていなかった。
どこから来たのかも、なぜ森で倒れていたのかも。
「まあ、よくあることだよ」
魔女はそう言って、布を干しながら言った。
「人はね、いらなくなったものを森に捨てる。
森は、捨てられたものを拾う」
「……わたしは、ゴミ?」
「違う。まだ使い道があるだけ」
魔女は振り返り、にやりと笑った。
「それに、ゴミはしゃべらない」
少女は、初めて少しだけ笑った。
森の暮らしは、忙しかった。
「その葉は逆。毒になる」
「こっちは?」
「それは爆発する」
「えっ」
「冗談」
魔女はよく嘘をついた。
でも、本当に危ないことだけは、必ず先に教えた。
少女は失敗しながら覚えた。
薬草の名前、星の動き、火の起こし方。
夜になると、二人で同じ毛布にくるまった。
「ねえ」
「なに」
「わたし、ここにいていいの?」
魔女は少し考えてから答えた。
「追い出す理由ができたらね」
「……それまで?」
「それまでは、居候だ」
少女はその言葉を、宝物みたいに胸にしまった。
ある日、少女は魔女に聞いた。
「どうして、魔女なの?」
「どうして、って?」
「怖がられるでしょ」
魔女は鍋をかき混ぜながら言った。
「怖がられるのは、理解されないからさ。
理解されないのは、説明する気がないから」
「説明しないの?」
「しない。面倒だから」
少女は笑った。
「わたしは、わかるよ」
「そうかい」
魔女は一瞬だけ、目を細めた。
名前をつけたのは、雨の日だった。
「ずっと“おい”じゃ困る」
「じゃあ、つけて」
「重い名前はやめとくれ。
呼ぶたびに縛ることになる」
魔女は少し考えてから言った。
「……ルメリア」
「可愛い名前だね」
少女はその名前を、何度も口の中で転がした。
魔女はそれを聞いて、満足そうにうなずいた。
その夜、魔女は少女の髪を梳きながら言った。
「覚えておきな」
「なにを?」
「魔法はね、縛るために使うと、必ず自分も縛られる」
「じゃあ、何のために魔法をつかうの?」
「自由のため」
少女は目を閉じた。
その言葉の意味を、
このときはまだ、知らなかった。




