第三話
結果的に言えば、ライは大したことはなかった。軍医によれば、トラウマのフラッシュバックから来たものらしい。
白い清潔なベットの上で、ライは薄ぼんやりと座っていた。消え入りそうな気配は本当のものか演技のものか果たして。
「ちょっと話を聞かせてもらう」
パイプ椅子に腰掛けて、フラッグが口を開く。
少し棘のある言い方に物申そうとしたのはブリッジだった。彼のことを抑えながら、ロードが外に出る。
残されたハーツは、壁にもたれかかるように立った。目を休ませるようにゆっくりまばたきをして、呼吸を安定させる。
「何か思い出したことはあるか?」
率直な質問。ライはただならない威圧感に、困ったようにこちらを見る。しかし、ハーツは答えなかった。
「……何も」
か細い言葉。しかし、フラッグはさらに顔を近づける。
「嘘をつくな。医者はトラウマのフラッシュバックとはっきり診断した。つまり、“何かを覚えていないとそれは起こらない”または“何かを思い出していないとそれは起こらない”だ」
「……」
無言でこちらをまた見てくる。やはり、ハーツは答えない。
「トラウマを抱えて話せないという言い訳も通用しない。お前は最初に“何も”と答えた。それはつまり、トラウマを触れられたくないではなく、隠しておこうという意識が働いたからだ」
「そんなこと……」
言葉尻が弱くなっていく。視線が細かく揺れる。フラッグの言葉は相手の心を刺す何かがあった。
きっとあの圧に耐えられるのは、自分くらいだろうとハーツは静かに思う。
「良いか? お前はトラウマのフラッシュバックで倒れた。それを意味することは、お前は過去に何か脅威になることにぶつかったことになる。つまり、その脅威はまだつきまとってる可能性は高い。俺たちにとってそれは死活問題だ」
フラッグの言葉に、ライは諦めたように大きなため息をついた。
「私……いえ、私たちは極悪な略奪者四人組に生活を追われました」
※※※※※※※※※※
「なぁ、本当に何もしないのか?」
軽機関銃を手に持ちながら、ブリッジが尋ねてくる。
あれから一夜経って、いつもの四人で警らに出ていた。トラックから降りて、装備を確認している。
「ライの姉のレフが捕まってるかもしれないんだろ?」
ライは、その四人組に生活していた場所を潰されたという。まとめていたリーダーは殺されて、混乱した仲間は同士討ち。とても言葉にはできない地獄絵図だったそうだ。彼女のトラウマは、そこから来ているらしい。
そして何より、逃げていた最中に姉が攫われてしまったという。
「あんたバカ?」
通信機や各種支援品を確認していたロードが口を挟んだ。
「あんたバカ?」
「いや、二回も言わんでいいけど……」
「第一に私たちには関係ない。第二にどうやって探すの?」
彼女に問われて、ブリッジは押し黙ってしまった。
「ロードが正しいな」
現在位置や味方の装備を整えていたフラッグが口を挟む。
「フラッグまで……」
「ブリッジ。他人のために力を尽くす余力はないんだ。それに、“彼女は姉が捕まっていることを意図的に隠していた”。言葉を額面通りに受け取るにしては怪しいところが多すぎる」
「でもよぉ、ただの子どもだぜ?」
その言葉に「ただの子どもでもだ」と、フラッグは返す。
ぶつくさと文句を言っているブリッジを置いて、狙撃銃を肩に掛け直していたハーツに近づいてくる。
「周囲の状況はどうだ?」
「問題なし。穏やか」
「今日もなんてことない一日になることを祈るか」
その祈りは、フラッグの口癖のようなものだ。仲間の安全を祈り、全員生きている明日を信じて、任務に挑む。
「それじゃあハーツ、配置につけ」
指示されて、コクリと頷いた。歩き出そうとしたところで、頬に触れる風向きが変わる。
数コンマ、ハーツは珍しく考えた。何かの予感がするのだが、その予感が何かは分からない。
「伏せて!」
そして、咄嗟に口をついて出た。
フラッグもブリッジもロードも、全員が伏せた。瞬間、弾が掠める。もう少し遅れていたら、フラッグの頭が吹っ飛んでいたところだ。
五秒ほど遅れて銃声が聞こえてきた。
「五秒オーバー!」
ブリッジが驚いた声を発する。
それはそうだ銃声が五秒遅れて聞こえてくるということは、それほど敵の狙撃銃の位置は遠いことを示していた。
少なくとも、千五百メートルは離れている計算になる。
「敵影歩哨はいないわ! 狙撃手だけ!」
ロードが即時に判断して、声を出した。
「敵の腕は黒服の奴らと比べ物にならない。それに、判断力もいい」
フラッグの予想は当たっているだろう。
ハーツがいなかったら、フラッグは死んでいた。つまり、戦術の要を失っていたということだ。
相手にとって、それはどれほど優位に働くことか。
逆に言えば、初手で倒せなかったことに、相手は焦っている可能性もある。
「五秒オーバーなんて、狙撃手どころか観測手も優秀だぞ!」
「こちらの動きはきっと把握されてるわね……!」
情報が錯綜していく。たった一発の銃弾を撃ち込まれただけで。
先手を取られた。その思いを断ち切るように、物陰に隠れながら息を安定させる。
頭を回転させて、まずはここから離れる方法を見つけ出す。




