第一話
銀色ショートヘアの少女ハーツは、風を感じながら呼吸をする。手に持ったボルトアクションの狙撃銃の照準器を覗き込んだ。
目に映るのは、八倍に拡大された瓦礫の世界だ。
人類が街を放棄してから、かなりの年月が経つ。端々のヒビ割れには、いつの間にか緑まで生えていた。
「異常なし」
彼女は小さく漏らす。
『こっちも異常なしだ。しっかし、怖いくらい何もねぇな』
『ブリッジ、油断しないでよ』
『へぇ~へぇ~。ロードさんは最近怒りん坊ですね』
『……ふざけてるの?』
ブリッジとロード二人のやり取りが耳に入る。彼らは、ハーツがチームを組んでいる仲間たちだ。
ここに隊長のフラッグが加わって、四人で集落の警らの一部隊を担当している。
頬を撫でる風に神経を集中する。今日も変わりなく、流れている──と思ったら、南向きに変わった。
あまりに唐突なことで、ハーツは再び照準器を覗いた。
「南方向に人影。背丈的に、子ども」
『子ども? 集落の子か?』
フラッグの声に、違うとハーツは返す。
「感じたことない気配」
『……わかった。ブリッジ調べてくれ、ハーツはそのままブリッジの援護だ』
ハーツとブリッジの返答が重なった。
髪を揺らすその風が、どこか言いようのない不安を告げているようだ。
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「で、その子はどこから来たって?」
集落に向かう新型トラック。口火を切ったのは、ブリッジだった。ノーヘルメット主義の彼は、黒い髪を風に揺らしていた。
「わからないだそうだ。気づいたら、ここら辺りで倒れていたらしくてな」
答えたのはハーツの隣りにいるフラッグ。彼はフルフェイスのマスクにサングラスをしているために表情は見えない。
そんな彼の袖を掴んでいるのが、先ほど警らで拾った少女。赤いロング髪に赤い瞳とここらでは見たことない出で立ちをしていた。服装はボロ布を纏っており、体は栄養が取れてないと思えるほど細い。
「嬢ちゃん名前は?」
ブリッジの問いかけに、女の子はフラッグの後ろに隠れてしまう。
「嫌われてんのか? 俺?」
『助けたときになんかしたんじゃないの?』
運転席のロードから、あきれた声の通信が入る。
「何もしてねぇよ!」
『だったらあれだ。目がやらしかったとか』
「人相を否定するのは、人として最もやってはいけないことですぅ〜」
いつもの二人の言い合いが始まったところで、ハーツは狙撃銃の整備に入った。
弾倉やトリガーを確認して、動作不良がないかを見る。戦場では最も大事な相棒のため、こういったメンテナンスは欠かせない。
その様子を、フラッグの影からヒョコリと顔を出した女の子が見ていた。
「それ狙撃銃」
言われて、コクリと頷く。
「遠くから、人、殺すやつ」
彼女のあまりに素直な言動に、ハーツは困惑気味にフラッグへと視線を移す。
彼はどこかため息をつきながら肩をすくめていた。
「殺すためじゃなくて、守るために撃つかな」
「そうなの? でも、人、殺すよ?」
これまた数奇な感覚の女の子が来たものだ。
いや、間違ってはいないのだが、なんて返していいか困ってしまう。
「あなた名前は?」
話題を変えるように、ハーツは口を開く。
「ライ。……“ただの”ライ」
その言葉が、風に乗って強くなった気がした。
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集落は変わらず回る。
生存に厳しい環境だからこそ、互いに手を取り合って生きていく。物資を分け合い、困ったときはお互い様。役割を分けて、生存確率を上げていく。
そんな中でも子どもたちは、元気にすくすく育つのだ。
「ほーら、ブリッジお兄さんが帰ってきたぞ〜!」
出迎える子どもたちに、笑顔で両手を上げて襲いかかる。楽しそうな悲鳴が漏れた。
「お兄さんって年じゃないでしょ?」
「うっせぇ、ロードおばさん」
見事に地雷を踏み抜いたブリッジは、ロードに膝裏を蹴られていた。そのまま体勢を崩して、地面に倒れる。
そんな彼の上に、子どもたちが楽しそうに乗る。
「大丈夫か?」
フラッグは、彼の後ろに隠れていたライの方を見る。
彼女は無言で頷くと、トテトテと子どもたちの方に寄っていった。
彼らは新しくライが来たことを見ると、笑顔で歓迎する。その様子を見て、フラッグは腕を組んでいた。
「ハーツ、どう思う?」
狙撃銃を肩に掛け直していると、尋ねてくる。
オドオドと混ざるライを見て、ハーツは口を開いた。
「彼女自身に怪しいところは見れない。でも、あんなところに一人でいた理由が不明」
「俺も同じ考えだ。どう考えても、子どもが一人でいれるわけがない」
考えられるのは、誰かが集落に送り込んできたということ。しかそ、それは憶測内に過ぎず、彼女を拘束するにしてはあまりにも弱い。
「監視をつけておく。何かあったら、ハーツの方も教えてくれ」
「……了解」
息をついて、宿舎の方に向かった。
自分のベットの脇に狙撃銃を置く。右太ももにつけている銃ホルダーから、拳銃を取り出す。
ベットに腰掛けながら、遊底を引いて薬室に入っている銃の弾を確認する。それから弾倉を取り出して、銃本体をサイドテーブルの上に置いた。
弾倉から一個一個丁寧に銃弾を取り出していると、入り口の開く音が聞こえた。同室のロードが中に入ってきたのだ。
「拳銃の方のメンテナンスなんて珍しいね」
サイドテーブルに丁寧に並べられた銃弾を見ながら、彼女は口を開く。
「長距離ではどうしようもないときもあるから」
「例えば?」
「集落にいつの間にか敵が侵入してたとき」
被っているキャップ帽を取りながら、ロードが唸る。ポニーテールに結ばれた彼女の髪が揺れた。
「そんなことがあり得るの?」
「万が一はあり得る」
答えながら、一つ一つ丁寧に銃弾を手に取る。弾倉に慎重にこめていき、問題ないことを確認した。
そんなときリラックスした声を出しながら、ロードが着ていた装備を取った。体を伸ばすと、豊満な胸が揺れる。
その様子を見て、ハーツはムッと口を尖らせた。
「……同じもの食べてるはずなのに」
彼女の小声に、ロードが首を傾げる。それを無視するように視線を外した。




