7-6 映画「運命の時間」⑥
これで、最初から、妹の佳奈は、最初からいなかったことになってしまった。とりあえず、明日香は、このままで生活を送るしかなかった。幸いにして、この家庭では、両親ともとても優しかった。特に、自分にとっては、新しい父親である孝は、前の父親とは、全く違うタイプの人間だった。前の父親は、体育会系というか、がっちりした身体で、大会社の社長ではあったが、職人とかに近い見た目のタイプだが、孝は全く違っていた。まるで大学教授のようで、いかにもインテリを絵に描いたよう。
しかし、ここで、さらなるタイムパラドックスが起こった。あの薬を飲んだあと、ここに戻ってから、わずか数十分で、この家庭で生まれてから、今の年齢までの、過去が変わってから、新たな記憶が書き換えられていった。
以前は、もとから、本が好きだった私とは、正反対の父親は、私とは話しも合わなかったが、今度の父親は、高学歴で、とても読者好きの私と話しもあうし、とにかく、本をよく買ってくれた。新しい記憶によれば、前の父親が、ハンドルを切り損ねたことで、自爆した交通事故でなくなったあと、今の父親と再婚したのであった。それも母親が新婚の頃の出来事だった。明日香には、自分が変えた未来に記憶が上書きされていた。過去に戻って、母親を助けたり、父親が母親を殺そうとしていたことや、姉妹で事故を阻止したことなどの記憶はなくなり、新たなる記憶に書き換えられていった。
気がつけば、新しい父親は、ただ事故死した前の父親に変わって知り合った再婚相手であり、母親と明日香によくしてくれた。明日香の部屋は、とても広くて、一面の壁は、すべて本棚になっており、父、孝は、そのインテリなことから、昔から父親が買ってくれた本で埋まっていた。明日香がほしいといえば、どんな本でも買ってくれる父親だった。父親は、読書から得るものは財産になると、とにかく沢山の本を読んでほしいと、明日香にいつも勧めていたのだった。
明日香は、自分がしたことで前の父親を殺した記憶は消されて、新しい父親、孝を尊敬していた。
そして、その後、半年が経ち、明日香の部屋の本棚に、さらに増え続けた本は、天井のすぐ下の段まで達して、明日香は、まさに本の虫となっていた。それを嬉しそうにみていた父、孝は、本好きの娘が、まさに自慢の娘であった。
だが、ある時、2階から、ものすごい物音がした。その音と共に、悲鳴のようなものも聞こえてきたようだ。それに、最初に気がついた孝、
「おい!今、すごい音がしたぞ!!」
「それに、明日香の悲鳴が聞こえたわ!」
両親は、すぐに、2階の明日香の部屋へ、
すると、なんと、そこには、頭から出血して倒れている明日香がいた。本棚前に倒れた脚立から落ちたように見えた。
「明日香!おいっ、明日香、大丈夫か!!」
声をかけながら、明日香をゆすりながら、意識を確かめる父、孝。だが、その、すぐ後で、明日香からその手を離し、
「頭をかなり打っているようだ。それに、こんなに出血していては、勝手に触ったら危ない。とにかく、救急車を呼ぼう!」
「こんなに出血してるわ!どうして、こんなことが!」
ほどなくして、救急車が到着したが、やはり、簡単には移動は難しかった。
両親とも、そのまま、救急車に同乗した。依然として、意識はないまま、病院に到着しても、予断を許さなかった。だが、明日香は、病院に到着後、数時間後に返らぬ人となった。
その後の警察の調べによると、ただ床に落ちて、頭を打ったのではなくて、落ちそうになって、堪えた結果、変な落ち方をして、最初に脚立の金属の部分に頭を打ちつけたのち、出血した同じ箇所を床に打ちつけたことで、さらに致命傷となっていたと、発表があった。どうやら、天井まであった本棚の1番高いところの本を取る時に誤って落ちたというのが、警察からの見解であり、不運な事故死であった。
明日香の両親は、言葉がなかったが、父親の孝は、さらに悔やんでいた。それは、娘のために、買い続けてきた本が、その命を奪うことになろうとは、悔やんでも悔やみきれなかった。
嗚咽まじりに泣き続ける夫、孝に、妻、茜は、かける言葉がなかった。
しかしながら、明日香が落ちたあと、警察へ電話する直前に、父親、孝は、その倒れた脚立をもう一つの全く同じ脚立とすり替えていた。片付けた方の脚立は、実は、特別な仕掛けが組み込んであり、ある設定をすると、1番上の段に乗ってしばらくすると、その4本の脚のうち、対角線の2本は、その先から金属製の棒が2本とも、数センチ、勢いよく飛び出す仕掛けになっていた。そして、バランスを失い、脚立が倒れると、飛び出した棒は、すぐ元に収まるという巧妙な仕掛けであった。
孝は、その脚立が使われるために、昔から、天井までの本棚を作り、本を貯めていたのである。そして、ごく最近、明日香が、とても興味があるという種類の本を1番上段の棚に揃えていたのであった。
明日香が亡くなって、1年が過ぎた。孝は、妻を元気づけるため、かねてからとても欲しがっていたリマネンの洋食器を買いそろえていた。そして、キッチンの食器棚の1番上の棚に収めた。
これからは、妻も、それを使って、料理作りを楽しんでくれるに違いない。そうすれば、きっと、元気を出してくれるはずだろう。おっと、またもや高いところに手が届かない。明日香が部屋で使っていた脚立を、今度は、キッチンに置くつもりだ。これで、いつでも自由に、好きな食器を使ってくれることだろう。あれほどまで、欲しがっていた食器をみて、驚きのあまり、脚立から落ちないことを願っているよ。




