5-25 映画「少女歌人の恋」25
だが、その時である。急に、冷静になった柚の心に、ある思いが訪れた。
それは、自分の、涼真に対する思いは、間違いないのだが、涼真の自分に対する思いについては、涼真から、まだ伝えられたわけでもなく、あくまでも、、、、それは自分の勝手な解釈ではないのか、という疑いの気持ちが、ほんの少しだけ生まれてきた。それというのも、たった今、挙げられる1組の祝言を、今、自分は、それを壊そうとしている。それを壊すことは、明らかに、自分と涼真以外にとっては、被害を被ることになるのではないのか。
そして、そう思った時、そのタイミングで、柚は、涼真のもとに嫁ぐ、米問屋の娘、芽衣の顔を初めて見た。その顔は、以前から、涼真に好意を持ち、今日やっと念願が叶って、喜びに溢れている幸せそうな笑顔であった。
この時、祝言には、まだ時間があり、今から申し出るなら、充分に間に合う。しかも、実際には、兄妹というのが間違いで他人同士であり、互いに添い遂げることを、おそらくは、心から望んでいる涼真と柚。ここまでくれば、もはや、柚から真実を告げてしまおう、と思った。
だが、しかし、柚は、芽衣の顔をみたことで、自分たちが幸せになるだけではなく、それとは引き換えに、芽衣は、悲しみのどん底に突き落とされてしまう。そうなれば、米問屋の家も、恥をかいてしまうことになる。もちろん、どちらの選択が、今、涼真にとって、幸せなのかと考えれば、祝言をやめさせることが1番かもしれない。だが、柚には、涼真の本当の気持ちに、絶対の確信が持てない気持ちも相まって、そこからの一歩が踏み出せないのであった。
せっかく、住職が間に合わせてくれたのだが、芽衣の顔をみると、柚は、それ以上動けなかった。そして、動けないまま、祝言が無事に終わりとなった。その時、芽衣の、さらに嬉しそうな顔に、今度は、優しく微笑む涼真であった。
それをみて、安堵して、少し笑みを浮かべる柚の顔、しかし、そこには一筋の涙が頬をつたう。
そして、またも、一首、詠みあげる。
すると、それは、降臨歌人、僧正遍昭、であり、
「笑まひ見て わが足とまる 花の道 踏みしめるには あまりにやさし」
その、解釈、とは、
花の道――すなわち誰かの幸福な未来を見て、踏み込めなくなる柚のやさしさ。静かな美しさと自己犠牲となる柚の真心のなせる業。
もはや、その場の誰にも顔を会わすことのできないことを感じた柚は、そこで、深い悲しみに襲われた。しかし、その反面、後悔の気持ちはなかった。
その最後、柚は、ふと感じた思い、それは、兄妹である、ということを知らなかった方がよかったのか、それとも、他人であることを知らなかった方がよかったのか、よく考えた末に、最後に柚がだした答え。




