5-18 映画「少女歌人の恋」18
と、ここまで、「少女歌人の恋」その撮影現場では、監督やスタッフ一同、他の出演者たちも、神妙な面持ちで、ソフィアの、これまでの話しを聞いていた。
だが、その場の雰囲気には、疑いの目も混ざっている複雑な状況であった。そこで、大門監督から、
「ソフィアさん。すると、これから、その【秘流 詠人下ろし】を、このシーンで披露して頂けるということで、いいのかしら。」
ソフィアは、それに対して、実は、監督に頼みたいことがあった。
「もちろん、そのつもりですが、2つのケースをみてほしいのです。ただ、和歌を披露するだけではなくて、演技からの続けた和歌の詠み上げまでを一気に、2パターン続けて観てほしい。」
「それはかまわないけど、どのシーンから見ればいいの。」
「柚は、呉服屋に、用があって訪れます。そこで、柚は、涼真と志乃の楽しく話しているのをみて、なぜかいやな思いがでてきてしまう。
だが、そのいやな気持ちではなくて、なぜそんな気持ちを感じたのか、その気持ちに、一首詠むというところまで、少し長いのですが、そこまでを2パターン演じるのでよく観ていてほしいのです。」
ソフィアは、神経を集中している。
「それでは、まず、1回目を、始めますから、観客になったつもりで、映画の1シーンを観ている感じでお願いします。」
小野 柚は、呉服屋を訪れた。そこで、涼真と志乃の2人が楽しそうに話しをしていた。それを見た柚は、ショックをかくせない。
「2人が仲良く話しているのを見て、私は、何か、もやもやした気持ちが出てきてしまった。どうして、私ったら、こんな気持ちになったの!」
すると、しばらくして、我に帰る柚、
「いつもは、3人で仲良くして楽しいのに、今、2人だけのところを見たら、楽しそうな2人を見たら、なぜ、今、こんな気持ちになるの。」
柚は、なんとも言えない気持ちが湧き上がってきて、そして、一首読んだ。
ここで、ソフィアは、その脳裏に浮かんだ言葉、
「「「「【秘流 詠人下ろし】」」」」
そう唱えると、
次に、脳裏には、言葉が続く、
「「「「ゆかしきは 時を越えたる 心の音よみびとの声 我にしみわたる」」」」
その【発動詠歌】を、つぶやいた途端に、伝承者、秘流として、その力がみなぎってきた。
そして、ふと頭に湧き上がる言葉:
「在原業平 この歌、現世にてしのび申す。」
すると、再び、ソフィアの口を借りて、
「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」
すると、偶然にも、あの朗詠会の時と、同じ和歌が詠み上げられた。
撮影スタジオには、物が乱雑においてあり、荒々しい空気感があるにもかかわらず、その空気が一変し、外の風の音すら、すっと遠のいていく、染まっていく川、水の音、色の動きが、頭の中に自然と浮かぶような感覚が訪れる。
現場にいる人たちは、その場の雰囲気が一変するような錯覚から、その和歌の持つ純粋な感覚へと引き込まれていく。映画の撮影スタジオとは思えない、今ここで、その著名な歌人の自身の生の詠み上げが、今まで味わったことのない感動が、その場のすべてを包み込んでいく。
一方で、その和歌の詠み上げを、ソフィアは、自分の中にいる自分は、その意味を深く感じつつ、一見、風景の描写のように見える、恋のたとえ歌であることを、その当時の生の気持ちをも感じて、感動していた。
「神代にもないほどの美しさ」とは、「自分の心にも、これまでなかったような強烈な想いが生まれた」という、初めての恋の衝撃と戸惑いを、美しい自然のたとえで表している。柚の「なぜこんな気持ちが…?」という戸惑いに、この歌が、この場面に、まさにぴったりと寄り添うのだと、ソフィアは、その深さを、在原業平本人の詠み上げから、生の気持ちをしみじみと感じて、その心は、感動で涙があふれていた。
そして、終わると、ソフィア、深く頭を下げて一言、
「このしるし、しかと受けとめ候。深く、ありがたく存じ上げます。」
その言葉にて、歌人へと、その礼をつくして、ありがたく、終了した。




