5- 8 映画「少女歌人の恋」⑧
その後、ある新作映画の助演女優を募集していて、ソフィアは、女優としての初めてのオーディションで、審査員から、その日本語の綺麗さと演技力を絶賛されて、役を勝ち取った。日本人の容姿に、ハーフっぽさが、いい具合に、ミックスされて、輝く宝石のような容姿から、澱みない綺麗な日本語が発せられると、周囲の者たちを、たちまち虜にしてしまった。そして、彼女は、その日本語力や美貌だけではなく、その日本語の造詣の深い理解力から生み出される演技力はかなりのもので、言葉1つ1つの、その感情表現が圧倒的であった。
そして、実に、日本語のほかに、フランス語、英語、イタリア語、スペイン語や、他にも多くの外国語を自在にあやつるソフィアによると、1つの感情表現をしようとすると、同じ言葉でも、多くの外国語では、普通に、日常会話ができるだけのレベルに必要な単語というのは、2,000くらいだというのに対して、日本語は、その2倍以上の5,000の単語が必要と言われている。これは、日本語の表現の仕方の種類が、他の言語と比べて圧倒的に多く、これだけの単語を知らなければ、日本語で表現するのは困難であるという。その微妙な表現は、とても詩的であって素晴らしいのだが、祖父のヴェイル・オートマティックから日本語研究の勉強を学んでいたソフィアは、女優の勉強を始めて、一層日本語の繊細な表現を感じるとともに、その微妙な違いを演技するのが、とても楽しくて、女優冥利に尽きると言っていた。
それに、学生の頃、海外での数ヶ月間滞在することもあり、そこで、アマチュアとして演技をする機会があったのだが、その国の言葉は、もちろんネイティブで話せるソフィアにとっては、感情を表現する言葉のレパートリーが外国語ではとても物足りないと感じたようで、海外においても、女優デビューの声がかかることもあったのだが、自分では女優デビューは、日本でしか考えていないと回りの人たちに話していた。
そして、ソフィアによれば、自分の心をありのままに発する言葉として、表現するためには、日本語以外には、ありえないという。これには、他国での演技の現場において、その演技を的確に表現できる言葉は、日本語以外にはない、という結論がでてしまったと言って、すぐに帰国を決めていたのだという。
これについては、祖父のヴェイル・オートマティック著書の「ヴェイルの書ー表現力を学ぶなら、日本語を学びなさいー」を読んでいて、まさにその通りであると、後日、語っていた。
そして、祖父のヴェイル・オートマティックの、その著書によれば、日本語の持つ、その1つ1つの言葉には、その言葉の持つ意味だけが含まれているのではないという。
そこには、その言葉を発する時の感情であったり、その言葉にはどんな状況が含まれているのか、日本語には、そこまでの深い意味が込められて発せられることが多い言語であると語っている。その繊細な感情表現は、他国の多くの言語をも圧倒する。
以前、ヴェイル・オートマティックは、日本語の研究を始めてから、日本の映画に出会った。それは、昭和の頃にあった、まだモノクロの映画であり、日本家庭の何気ない会話劇などで、現在多くみられる複雑多岐に渡る物語ではなく、特に、何か大変な出来事が起こるというような複雑なストーリーではない。
何気ない親子の会話であったり、起こる出来事もたわいもないものであり、その登場人物の会話を、ただ楽しむ、という、極めて平和的な世界、極めて静かな物語であり、そのたわいもない会話には、いかにも日常で日本人が使う日本語の言葉使いが、実に、その表現が繊細な表現であり、そして、叙情的であった。ヴェイル・オートマティックは、その日本語に込められた感情表現が、本当に、繊細で美しいと感じたのであった。
そして、古来から伝わる、俳句や和歌などの、実に、少ない字数で繊細に表現される世界、そして、それは、また、実に、表現の深く広大な世界であると、日本語の無限にある表現を絶賛する。ヴェイル・オートマティックは、日本語は、ただ、その意味を伝える言語ではなく、感情の塊を的確な音にして表現し、相手に気持ちを繊細に伝えるものである、とさえ言っている。




