4 謎の女性、再び
その後、麗子が脱走してから、半年たったある日のこと。新作映画に主演した麗子は、公開に当たり、舞台挨拶のため、全国を回っていた。そして、ある、高層ビルに入っている映画館でのこと。
ちょうど、麗子も、その舞台挨拶に参加していた。約200人の観客に拍手で迎えられ、監督と共に、他の出演者を含めた5人は、舞台上に並んで、観客から拍手喝采で迎えられ、主演の麗子から順に映画について、話しを始めていた。
すると、なにやら、地響きのような音が微かにしだして、出演者は、無言になった。観客たちも、上を見上げて、その音に反応していた。
すると、その時、下から突き上げるような地響きが、再び起こり、底から揺れ始めていた。すると、誰かが、叫んだ!
「地震だっ!大きいぞ!」
その声を聞き、会場にいる全員が、一気にパニックになり、うろたえはじめた。それもそのはず、映画館は、ほとんどが密閉された空間であるし、その中は、基本的に、大きな照明がほとんどなく、舞台上以外は暗い状態で通常の密閉空間よりも、不安要素が大きかった。
そして、意外にも地震の揺れは、なかなかおさまらない。もはや、簡単に皆がバラバラで避難できるものではなく、映画館のスタッフに導かれなければ、冷静さを欠いた今、その順路もよくわからなくなっていた。
すると、舞台上に上がった映画館のスタッフから、
「皆さん、落ち着いてください。今、出口までご案内します。」
しかし、その声は、パニックになっている観客には届いていない。すると、観客の中から、1人の女性が舞台にかけあがってきた。すると、観客の方を向いて何かをやっているような動作をみた麗子は、はたと我に返り、今、皆に声かけをしたスタッフの元に急いだ。避難するための順路を教えてもらわなければいけない、もはや、その思いのみであった。
だが、気がつくと、いきなり、麗子を含めた全員200人以上の観客は、非常に手際良く、全員同じ方を向き、全員同じタイミング、同じように早足で、実に小気味よく、順路通りに避難していった。
何ということだろうか。こんなに、簡単に、気持ちをそろえて、あっという間に避難してしまうなんて。この、200人以上の人間が、このパニックになった中から、いきなり、冷静になって気持ちをそろえるなんて、ありえない。まさに、信じられないような、奇跡的な脱出劇であった。
だが、その巧みな脱出劇を果たした人々の中の1人であった麗子は、自分も順路を確実に捉えて、簡単に脱出した1人であったことをあらためて実感した。しかし、その時、初めて、あることに気づいた。それは、自分が、養成所を脱走する際に、見よう見まねで、仲間たちに仕掛けた【秘技 同調連鎖】のことである。
ここにいる200人以上の人たち、私たちは、【秘技 同調連鎖】を仕掛けられて、映画館のスタッフから読み取った順路からの避難の仕方を、あっという間に、吹き込まれて、それで、全員が全く同じ行動をして、難なく避難できたのであった。
それは、【秘技 同調連鎖】ができた麗子でなければ、それに気づく者など、他には誰一人として存在しなかった。
それにしても、あの200人以上の観客たちに【秘技 同調連鎖】を仕掛けてくるなんて、私がもし完璧にマスターしたとしても、10人が限界だわ。これを仕掛けたのは、いきなり舞台に上がってきた女性だわ!あれは、いったい、何者!
その時、舞台に上がってきた女性、それは、麗子が、養成所を脱出した際に、車に乗せてくれて、駅まで麗子を送り、さらに交通費までくれた女性だったのである。
麗子は、すぐに、その女性の元に駆け寄り、
「お姉さん、いつかは、ありがとうございました。まさか、こんなところで会えるなんて。」
「あら、久しぶりね。映画、よかったわよ。じゃあ、また会いましょう。」
その女性は、名前も告げずに去っていった。
その後、その地震のニュースとともに、映画館という密室に近い場所からの、実に手際のいい、あっという間の脱出劇が、動画入りで取り上げられ、どうしたら、そんなに上手く脱出できたのかが、話題となっていた。
麗子は、その時の画像に、あの女性が写っていた画像を元にして、ネットから、その女性をさがしてみた。すると、とんでもないことが明らかになったのである。それは、あの女性こそが、以前、引退した女優、星影百合、本人であったのである。
映画館でみていた、その顔は、まさに、星影百合本人であり、それなら、養成所にいる、星影百合だと名乗っている女性、あれはいったい誰なのか、それで、今度は、主技の顔を、あらためてネット検索にかけてみると、それに該当する検索結果が出てこなかった。ということは、主技は、自ら名乗っている星影百合ではなかったのである。
すると、あれは、いったい、誰なのか、そして、今後、何をしようとしているのだろうか。それに、養成所に残っている4人は、このことを知らない。養成所を脱走して、ほっとしていた麗子には、新たな不安が湧き上がってきた。
一方で、奇才塾では、塾生から主技と呼ばれている、星影百合は、進藤麗子を引退に追いやるために送り出した、緑川あやめと吹雪すずめに連絡をしていた。しかし、なかなか連絡が取れず、やっと繋がったという時、
「あなたたち2人は、今回の、あの映画でのザマはなに!引退させるどころか、あの子、主演女優賞を獲ったじゃない。もう最悪よ!それに、あれ以来、2人とも連絡してこないし、あなたたちわかってるの?!聞いてるの?あやめ!すずめ!」
そう言うなり、2人からは、全く答えがないまま、連絡が途絶えてしまった。




