雨粒
昔、とある砂漠を旅する者がいた。水に飢えていたのであろう、彼は酷くどす黒く乾燥した口を力の限り開き、空を仰いでいた。私は彼を救った。彼の開いた口の喉奥深くに私が染みついてやったのである。
天空というのは案外、快適であった。数多なる水滴に紛れ、風に流されるままに流され、そして地上へと降り注ぐ。
その壮大なる水循環という巨大な輪の中に流されている。
落下することは、私の存在を示すことが許される唯一の時間のように思う。地上や海に落ちてしまえば川や海の一部になってしまうし、天空に留まるというのも趣はない。ならば、何かしら地上に影響を及ぼしてしまえば「私」という存在をこの世へ残せるのかもしれない。そうおもったのである。
天空というのは案外、見晴らしがよく何もかもが見える場所であった。私は今までさまざまな地上へと落下してきた。ベルの上、車の上、人間の髪の上、人間のコインの上にだって落ちてきた。なのに誰も気にする者はいなかった。
そうした時彼を見つけた。広大な何もない砂漠の中にぽつんと一人歩いていた。足を負傷しているのか足取りが悪い。彼の衣類は赤く染まり、他の人間と違い片腕が無い。彼の向かう反対方向には多くの人間たちが群れ合っているのになぜそちらへ助けを求めないのだろう。ただ、愚かに群れ合う人間たちに孤立して向かう彼の馬鹿げた勇敢さを賞賛するべく私は彼の口腔へと潜り込んだ。
私は彼に、この世に存在を示すことが出来ただろうか。
彼の勇敢さを賞賛し、私としての存在を残すため飛び込んだ。しかし、寧ろ旅の途上にいた彼こそが世界であり、私はそれに必然的に飲み込まれたただ一滴の雨粒に過ぎなかったのかもしれない。




