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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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(スマホの)夜会編 第2話 水道とそろばんと昆布

台所シリーズ 台所のせかいをかえる 夜会編

第2話 水道とそろばんと昆布 〜雪のむこうの夜会


秋は夜長っていうけれど、

冬は――もっと、ずっと夜長。




2025年になった。


札幌のチカホのベンチで、伸子と響香はささやかな新年会を開いた。



それからというもの、ときどきふたりは“飲み歩く”ようになった。




とはいえ、行き先は――


「ざ。台所」


「ざ、リビング」


「ざ 旧娘部屋」


もちろんすべてセルフサービス。最後は電話をスピーカーにして話すことが多い。




始まりはいつも、LINEの「大丈夫?」スタンプ。


まるで不良高校生のようなやりとり――でも、そんなふたりが好きだ。




その夜も、台所にはこたつはなかったけれど、


スマホ越しにほんの少しだけ、ぬくもりが伝わっていた。




ピロン。


LINEの通知音が鳴る。




「昆布とそろばんの絵が描けないのよ。」




唐突なメッセージ。


添えられた変なスケッチを見て、響香は思わず吹き出した。




通話ボタンを押す。




「えっ? そろばん? 昆布?」




そこから、今夜の飲み会が始まった。




「報告書を書いてるのよね」


「子どもたちに分かりやすいように、紙芝居形式にしたくて」


「……で、昆布とそろばん?」




「水道インフラ成功のカギ、ってタイトルにしようと思ってるの」


「それで昆布とそろばん?」


「うん。まあ、あくまで私の考えだけど」


「つまり、世界最高レベルの横浜の水道インフラが全国に広まった理由が――昆布とそろばんにあると?」


「そう。もちろん、イギリスのパーマーさんが素晴らしいマニュアルを作ってくれたのは確か。でも、それだけじゃ足りなかった」




「……昆布とそろばん。つながらないわね」


「でしょ?」


「うん。まだピンとこない」




スマホをスピーカーモードにした響香は、台所の棚をがさごそと探る。


冷蔵庫を開けて、ひとつため息をついた。




「うん……これは……日本酒しかない」


独り言のようにこぼすと、スマホ越しに伸子の笑い声が聞こえた。




「日本酒、いいじゃない」


「ないのよ、日本酒。ないから酎ハイでがまんする」




缶を取り出して、プシュッと音を立てる。


向こうでも、何か注いでいる気配がした。




「かんぱーい」


「かんぱーい」




ふたりの声がスマホを通して重なった。


一口飲んだ響香が、スマホに向かって言う。




「で、なんだっけ? そろばんと昆布だっけ?」


伸子が吹き出す。




「そうそう。そろばんと昆布。水道インフラの成功のカギ」


「もう、酔っ払いのおつまみトークにしか聞こえないんだけど」




響香も笑いながら、酎ハイをもう一口。




「でもね、本当の話なの。ちゃんとした話」


「うん、信じる。信じるから、ゆっくり話して」




「まずは、パーマーさんっていうイギリス人が、1887年に横浜に近代水道をつくったの」


「うん、それは知ってる」


「きっと、そのマニュアルは立派だった。これだけ日本中に広まったんだもの」


「で、昆布とそろばんの登場は?」


「パーマーさん、次に向かったのが北海道」


「あ、函館」


「そう。函館を経て、札幌へ。マニュアルを持って」




響香が少し声を弾ませる。




「そうね、函館は昆布で栄えていた」


「そういうこと。パソコンも電卓もない時代よ。その土地その土地にあわせて、マニュアルを応用しないとダメ。経済力と計算力が要だったの」


「……つまり、“そろばん”は計算力、“昆布”は地域の経済資源、ってこと?」

「そう。どちらも、“水道”をまわす力。数字と、地域力。だから、“昆布とそろばん”」




「……昆布で出汁とって、昆布水売ったって話じゃないのね?」


「あら、響香の推論のほうが、おもしろそうね」




ふたりはまた笑い合った。


夜が少しだけふくらんで、画面の向こうと台所の空気が、少しだけぬくもった。




「だめかしらね。この新年会ネタ。いつも私が考えるのよ、亀田課長の宴会ばなし」


「ニコニコ水道会社の事務の仕事って、ふかいわ」


「……やっぱり、昆布は日本酒ね」


窓の景色が、どちらも同じ。真っ白世界。

目の前には、青白く描かれたうさぎの湯呑み。

マフラーをしたうさぎが、外のテーブルをはさんで向かい合っている。

その景色のすべてに、やさしい雪が降っていた。



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