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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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 長旅編・これまでのお話 (前編)〜きらら街道から響香の残響まで〜

 長旅編・これまでのお話

〜きらら街道から響香の残響まで〜


旅を始めたのは、あの千歳空港の朝だった。

働く娘・加奈が笑って言った。

「お母さん、好きなことをしなよ。」


そのひとことが、まるで風のように背中を押してくれた。

定年が近づき、家族も巣立ち、台所には静かな時間が流れていた。

だからこそ――“私のこれから”を、自分の足で歩いてみようと思った。


行き先は名古屋。

二泊三日の、小さな一人旅だった。


名古屋駅に降り立った朝、

人の波に飲み込まれそうになりながらも、

心のどこかで弾むような音がしていた。


見知らぬ街、知らない人、でも不思議と心地よい。

「ホームシックを楽しむ旅」なんて、自分でもおかしいと思いながら。


名古屋の街を駆け足でめぐり、夜にはコンサート会場へ。

光と音の中で聴いた「お互い元気にがんばりましょう!」の声は、

日常に戻るためではなく、“前に進むため”の合図のようだった。


翌朝、コメダ珈琲でペンを忘れた私に、

一本の高級ペンを差し出した男がいた。


異国の俳優のような立ち姿。

心の中で「三重奏王子・ダビデ」と名づけた。


「龍馬イズ、ドラゴンホース。」

あの低い声で言われた言葉が、なぜだか胸に残った。

彼は、日本の時代劇が好きで、坂本龍馬を語る不思議な旅人だった。


そして彼の言葉の端々に、どこかで“未来を見ている”ような響きがあった。


その出会いをきっかけに、

私は「虹の輪プロジェクト」という国際チームの参加を促された。。

民間の水道会社が手をとり、国境を超えて水と人をつなぐ取り組み。


上司には「予算も具体性もない」と一蹴された。

どこか、ほっとしたのは、ほんの一瞬。

気づけば、知らぬ間にその流れの中へと引きこまれていった。

どうしても“水の未来”を見届けたかった。


横浜のバラ園で見た光景が、忘れられない。

小学生の団体がベイブリッジを指差しながら先生の声を聞いていた。

「one hundred sixty-six years――百六十六年。」


開港からの年月を知ったとき、

小さな漁村が国際都市へ育った道のりが、

まるで自分の人生と重なるように感じた。


研修室での午後。

「あなたたちは、虹の輪の先導隊です。」


翻訳アプリと笑顔を駆使しながら、

世界の仲間たちと一緒に未来を描く会議。


議長のバラ子は、いつも誰に対しても優しくて、

“完璧さ”という言葉を笑いに変える人だった。

「パーフェクトって、英語じゃない?」と笑いながら、

異文化の輪をつないでいく姿に、希望を感じていた。


夜になると、みんなで歌をうたった。

「私はその手が好きです」――

歌詞のひとことひとことに、誰もが“誰かの手”を思い出していた。


私は、長沼のハーベストでコロッケを食べていた響香の手を思い出した。

花屋で働くあの子の手は、ざらざらしていて、

でも、あたたかかった。


名古屋、横浜、そして“虹の輪”の仲間たち。

この旅で出会ったひとりひとりが、

まるで水脈のように心の底でつながっている。


まだこの旅は終わらない。

けれど――振り返ると、

あの“きらら街道”の朝がすべての始まりだったのだと思う。


台所からはじまった、ひとりの女の旅。

それは、“友達”と“水”と“世界”をめぐる長い物語の、途中のページ。

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