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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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長旅編 第18話 ベネチアの朝と、ラジオの声

台所シリーズ 第2部 『台所はせかいをかえる』 長旅編

第17〜18話 カナリアの残響とベネチアの朝

カナリアの残響


カラオケは、「虹の輪」の仲間たちの絆を、そっとつないでいた。


「国際貢献」なんて言葉の意味さえ、もうわからなくなってしまったあの頃。


汽車は、豊富な水資源を求めて走った。

水を熱にして、空へと還す。それは夢だった。


つながりたいという思いが、水を蒸気に変え、汽車を動かしたのだ。


夢の原石は石炭だった。

連れていくカナリアに命を託し、地中深く、海の底までもぐって掘った。


そして、その汽車の通る場所に町が生まれていった。


やがて汽車は電車に変わり、人々は町へ、都市へと移り住んだ。

村は静かに消えていった。


採掘の町は、わずか三十年で繁栄と衰退を繰り返す。

若い人たちは町を離れた。


人は、誰かと比べたときに不幸を感じてしまうのかもしれない。

ぼくらは、みんな臆病なのだ。


「正しさ」を誰かに決めてほしい──

本当は、そんなふうに願っているのかもしれない。


論点は、ずれたり、ぶつかったりする。


「その国のリーダーと、よく話しなさい」と言われるけれど、

そのリーダーが何を考えているのかさえ、見えないこともある。


本物のリーダーなのか、革命家なのか、

はたまた、過去の屈辱を晴らしたいだけの支配者なのか。


答えはいつも、あとになってようやくわかる。


正義は、人を強くし、また人を傷つける。

この負のループを断ち切るのも、きっと正義しかない──そう思いながら、涙をぬぐう。


船は、悲しみの海を静かにこいでいく。

その海を、「カラオケ」という名の波が、やさしく癒していた。


ギターの音が虹の輪の仲間を包む。

ひとりひとりの声が静かに重なっていく。


壊れたジグソーパズルのピースが、音の中でまたひとつ、つながっていった。


ベネチアの朝


空はまだ灰色だった。

サン・マルコ広場のあたりでは、鳩たちがぱらぱらと降りてきている。朝だ。


伸子はベネチアの石畳を足早に歩く。

まだ眠る街角、すれ違う人もいない。


こんなときは、スマホのありがたさを痛感する。

地図アプリが、電池のありそうな店を静かに教えてくれる。

そして青い線でその位置を示してくれる。


ようやく見つけた店で電池を手に入れるだけで、奇跡のように思えた。


ダビデは虹の輪の本流から外れ、元の場所へと帰った。

しかし、彼のバトンを受け取った者は多かった。


垣根のない存在が増えることで、距離の壁を越える“中継地”が生まれ、

国境を越えてラジオの周波数も届くようになった。


ギターは何も言わずに電池をセットし、静かにチューニングを合わせる。


このラジオは、虹の輪がベネチアに入る前に滞在した、

小さな寒村の古い民家に置かれていたもの。

木製の本体には「Schaub Lorenz」の文字。

中身は改造されているが、音は驚くほどよかった。


ジェリーが冗談交じりに「日本製のラジオ付き懐中電灯と交換できないかな」と尋ねると、

年老いた持ち主はあっさりうなずいた。


それ以来、虹の輪の面々は毎晩ラジオを囲み、周波数を合わせるのが習慣になった。


ベネチアに着いた夜、コードが合わず音が出ないと不安になった。

スマホで聴けばいいのに、伸子はどうしても、あの木製ラジオで聴きたかった。


トレーナーは相変わらず自室でマイクラに没頭しているが、

決まった時間になるとラジオのある部屋に現れ、ジェリーと地元のお菓子を食べる。


ギターが慎重にダイヤルを回す。

「ガーガー」というノイズのあとに、ピタリと音が合う瞬間がくる──日本のアナウンサーの声。


「またあした」、そして覚えたメロディーのあとに、「こんにちは」。


ダビデの声だった。


「間に合いましたね」とキティが小さな腕時計を見ながら微笑む。

キティが虹の輪に加わったのも、一台のラジオがきっかけだった。


ラジオの音は不思議だ。

目に見えないのに、確かに届く。

どこにいても、どんな言語を話さなくても、知っている声が自分の場所を見つけてやってくる。


昨夜は、今日の講堂でのプレゼンを考えて眠れなかった。

この一年半、水道インフラと向き合って感じたのは、

「当たり前」は決して当たり前ではないということ。


日本のように家庭の蛇口から安全な水が出る暮らしは、世界では例外だ。


世界では、約4割の人々が家庭で安全な水を使えない。


毎日、井戸や川へ水を汲みに行く(特に女性や子ども)


タンクローリーで水を購入する


雨水を溜めて飲む


配管があっても水質が悪く煮沸が必要


給水時間が限られている(1〜2時間だけなど)


この情報は誰でも見られる。

だからこそ、「教壇の上で話すこと」が傲慢なのではないか──という自問も巡った。


しかし、一年半かけて見てきたことは、

数字には表れない憤りや祈るような思いにも満ちていた。

それでも、きっと「語る勇気」を求めていたのだ。


いつものように、皆がラジオを囲む。

ギターが慎重にダイヤルを回し、ノイズがふっと静かになる。


ダビデの声が流れる。


「……最後に、今日の僕の音色。

こんにちは。今日は僕の仲間の伸子が、ベネチアの大学講堂で話します。

彼女は緊張していると思います。でも、その“揺らぎ”を言葉にすることがすごいと思います。

あなたが使った時間で語ろうとしていることで、きっと何かがはじまっていくと思います。」


背後から、明日香の声が聞こえた──

『がんばって……伸子。』


伸子は、朝に一度通ったサン・マルコ広場をもう一度通り、講堂へ向かう。

光の向きも、人の流れも、すでに変わっていた。


石畳を踏む足取りは、もはや旅人ではなく、

長い歴史を積み重ねた広場に静かに溶け込む者のようだった。

※この物語の描写の一部には、WHO・ユニセフなどが発表している報告書をもとにした情報が含まれます(AI調べ)。正確性を保証するものではありません。また、登場する人物・団体などはすべてフィクションであり、実在のものとは関係ありません。

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