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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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長旅編 第14話 伸子とバラ子の春 ②~黄色いバラ

台所シリーズ 台所でせかいをかえる

長旅編 第14話 伸子とバラ子の春 ②~黄色いバラ



1 バラ子のまなざし


「この黄色いバラと、日本の青いバラ。そんな景色、すごいと思わない?

 なんでもバラ子さん、好きそうじゃない?」


「ははっ、そう、“なんでもバラ子さん”って。ふふ。」


と、こちらのバラ子さんと笑いあった。


「でも、私は植えないわ。なんでもバラ子さんじゃないから。

 私、帰ったら……日本の山茶花さざんかを植えたいの。」


そう言って、バラ子は遠くを見つめた。


さざんか さざんか 咲いた道。

落ち葉だ 落ち葉だ ♬


北海道で生まれ育った伸子にとって、山茶花はまだ見ぬ花。

日本を旅したいと願っていたのに、こんな遠いところまで来てしまった自分に、ふと気づく。


「このトーマスが咲く前に、また出発よ。いいのよ、日本に帰っても。そういう決まりだから。」


バラ子が言う。


「いえ、次の場所にも行きます。」


答えは、昨日のうちに決めていた。


「きっと、きれいだわ。咲いたら、この景色。」


バラ子と、しばらくそこに立っていた。


"It's enough that I've taken the picture with my heart."


バラ子はそう言って、伸子の肩をたたいた。


──心のシャッターで、十分。


 2 バラに込められた記憶


グラハム・トーマスの作出年は1983年。

そのころ、ベルリンの壁はまだあった。


ヨーロッパにも、安堵のときがあったのだろうか。


百年戦争、三十年戦争、ナポレオン戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦──

そして、ベルリンの壁。崩壊して、今年で三十六年。

伸子の長女が生まれた年でもある。


「グラハム、トーマス・オースチンが命名したのよね。」


「イギリスの植物学者であり園芸家でもある、グラハム・スチュアート・トーマスへのオマージュですね。」


「この“敬愛のループ”を、この場所はちゃんと守っているのね。」


バラ子もまた、その敬愛のループをつなげている。伸子はそう思った。


ユーラシア大陸もまた、今度こそ──


千年単位の「花の都」をつくりたい。

そう願っている人も、きっといる。


3  バラ子が見たかったバラ


ジョセフィーヌも、あんな美しいバラを見たら、きっと驚いたでしょう。

天国で会えたら、教えてあげたい。


──あなたの愛したバラが、今では世界中で咲いているのよ。


ナポレオン皇后となったジョセフィーヌ。

彼女が波乱の人生の晩年を、バラの育種に捧げたことは、日本でもよく知られている。

しかし、その生涯は、わずか五十年で幕を閉じた。


「でも、まだ見てなかったんだわ、私。黄色いバラ。」


バラ子が、グラハム・トーマスを見たことがなかった。

その事実に、伸子は驚いた。


グラハム・トーマスの鮮やかな黄色。

それは、希望の色。


第14話 おしまい。

第15話へつづく。

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