長旅編 第14話 ①伸子とバラ子の春~銀枠のソメイヨシノとトーマスのバラ
台所シリーズ 第2部 『台所はせかいをかえる』 長旅編
第14話 伸子とバラ子の春
1 ソメイヨシノ
伸子は、日本を離れて、はじめての春を迎えていた。
虹の輪の仲間と歩みはじめたのは、あの横浜の春だった。
津軽海峡を越えただけなのに、あのときもまた、はじめて見る春の色に心が動かされた。
計り知れぬ樹齢のソメイヨシノ。
その下に立ち止まり、見上げる人。目もくれず、急ぎ足で通りすぎる人。
見知らぬふたりが、ふと足を止め、桜をさして語りはじめる。
市バスの銀の窓枠が、それらの風景を切り取り、まるで額縁のように映し出す。
流れゆく景色が、一枚の絵画となっていく。
横浜の町は、思いのほか坂道が多かった。
バスの運転手が、穏やかな声でアナウンスを流す。
「お降りの際は、バスの後ろを渡りますと大変危険です。
皆さま、ご注意ください。この先の信号先にも、美しい桜がございます。
健やかな新生活をお過ごしください。」
──バラ子と見た、あの桜が忘れられない。
2 異国で迎える春
あれから一年。
太平洋も大西洋も越え、冬が終わろうとしている異国の地で、また春を迎えている。
横浜のときと同じように、人々がスマホで写真を撮る光景が、春の訪れを教えてくれる。
ただその横を歩きながら、耳に飛び込んでくるのは、知らない言語。
「やっぱり違うな」と思う感覚と、「どこも同じだ」と思える静かな安堵が、心の中で交差する。
──世界中、どこでもこうであってほしい。
3 グラハム・トーマスの前で
バラ子は“Graham Thomas(グラハム・トーマス”)と書かれたバラの木の前に立っていた。
「ここでも、もうこんなにつぼみができているのね。
去年、横浜で見たのと同じだわ。」
「黄色い、きれいなバラですよね。」
花人クラブの面々が「このバラだけは庭に欠かせない」と言っていたのを思い出して、伸子はそう返した。
「お庭にトーマスあるの?」
「いいえ。なんとなく、うちの庭には似合わない気がしていて。」
「アンジェラが主役ですものね。」
「よく覚えてますね。」
「ええ。」




