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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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長旅編 第13話 See you Again ③ 〜シマエナガと白い恋人〜

長旅編 第13話

See you Again ③ 〜シマエナガと白い恋人〜

1 シマエナガのスタンプ


Message with a Snow Fairy

――A Silent Goodbye with a Feathered Smile(羽のような微笑みと、静かなさよなら)


そんなスタンプを、ひとつ。


 


「ほんと、娘たちの既読マークって、ホノルルなみに時差あるよね。」


ふと、そんなママ友との会話を思い出した。


 


娘たちの既読マークは、いったいどこの国の時間で点灯しているのかしら……。


 


そう思いながら、私はスマホの画面を見つめ、

シマエナガの「行ってきます」スタンプを、ひとつだけ送った。


 


すると、この日ばかりは、すぐに返信が届いた。


 


「きをつけていってきてね。おかあさん。」


 


夫と娘ふたり、そして凛の笑顔が並ぶ、写真付きのメッセージだった。


 


長い出国の列に並びながら、私はそっと、

「ありがとう」のスタンプをもうひとつ送った。


 


A Whisper from Home at 30,000 Feet — with Love

(三万フィートの空の上、家からのささやき――愛をこめて)


 


2 白い恋人


羽田空港にて。


 


「See you Again」と言って、明日香は青い紙袋を私に差し出した。


 


先に搭乗ゲートに向かった彼女は、最後まで笑顔だった。

振り返ることなく、まっすぐに歩き出し、背中越しにそっと手を振ってくれた。


 


彼女――ダビデの明日香がくれたお菓子は、「白い恋人」。


北海道を代表する有名な土産物だというのに、

私はこれまで一度も食べたことがなかった。


 


羽田で手渡されたのだから、もはや全国区なのだろう。


 


バレンタインが近づいたある日、私は千歳空港を訪れた。


 


「チョコレートの玄関口」と書かれたモニュメントの下に積まれていた「白い恋人」は、

まるで白磁器のレンガのような風格をまとっていた。


 


けれど、包装にはどこか懐かしい、手描き風のイラストがあって、

クラシカルな字体と相まって、まるで詩集の表紙のような温もりがあった。


 


その「白い恋人」をしばらく手にしたまま、

私は飛行機の窓の外に目をやった。


 


荷物が運び込まれ、地上スタッフたちが黙々と作業を続けている。


 


その動きは驚くほど無駄がなく、正確だった。


 


やがて飛行機が動き出すとき、彼らは全員、静かに頭を下げた。


 


その姿を、最後まで見届けなければと感じて、私は呼吸すら忘れた。

彼らは、最後の最後まで、見送ってくれていた。


 


その日は晴れていた。


けれど、千歳の一年を思えば、こんな晴天はむしろ珍しい。


 


吹きさらしの雪の日も、彼らは同じように、飛行機を送り出していたのだろう。


 


「ひどい風だった」

「しとしと雨が降った」

「今日は、結局とばなかった」


 


娘の天気の話が、十年分、胸によみがえった。


 


「ありがとう」――心の中で、ゆっくりとつぶやいた。


 


やがて、シートベルトのサインが消える。


 


私はようやく、青い紙袋から「白い恋人」を取り出し、そっと封を切った。


 


 


「白い恋人たち」というフランス映画がある。


 


1968年のグルノーブル冬季オリンピックを題材にした、

映像美を重視したドキュメンタリーだという。


 


記録映像に詩的なナレーションと音楽を重ね、

スポーツを通じた人間の美しさや精神、自然との調和を描いたという。


 


見たこともない映画なのに、

そのタイトルだけで、美しい人の景色が胸に浮かび、心が震えた。


 


不思議なお菓子――封を切る前から、感動が始まっていた。


 


サクッ、とクッキーをかじる。


 


やわらかく、まろやかなホワイトチョコレートの甘さが、ふわりと口に広がった。


 


ずっと横で無言だったバラ子が、ぽつりと言った。


 


「これは、クッキーでもホワイトチョコレートでもないわね。

『白い恋人』という名のお菓子ね。」


 


See you Again――その言葉が、胸の奥にこだまする。


 


第13話 おしまい

→ 第14話へつづく

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