ただいま編 第8話 ① ふたりの幹事会〜秋の本屋で再会 おかえり
台所シリーズ 第1部「台所でせかいをかえる」ただいま編
第8話① ふたりの幹事会〜秋の本屋で再会 おかえり
1
伸子の庭では、今年もアンジェラが咲いている。
響香の庭ではポンポネッラが、やさしく風に揺れている。
ポンポネッラは、アンジェラが作出された22年後に、同じドイツのバラ育種会社・コルデス社が手がけたバラだ。
「バラもね、年々『暑い暑い』って言ってるみたいね。」
「春の一番花が、年々早くなってる気がするわ。」
お互いの庭のバラの話をやり取りするようになって、もう20年が経つ。
広くはない庭だけれど、冬が来る前にやっておくべき作業は山ほどある。
限られた時間をやりくりして、一つずつこなしていく。
それでも――
そんな時だからこそ、会いたい気持ちはお互い同じだと、
どこかで信じている。
そんな折、響香からLINEが届いた。
「幹事会、今週の土曜日にしない?場所は“メモリー”でどう?」
伸子は、このあいだのメモのことを聞きたいと思いつつ、
会ってゆっくり話そうと心に決め、
「オッケー」のスタンプを送った。
“幹事会”といっても、メンバーは伸子と響香のふたりだけ。
コロナ禍で自由が利かなかった頃から、
ガーデニング教室の同窓会を幹事の名目に会うことが恒例になっていた。
“メモリー”は、以前ふたりで訪れた庭園のひとつだ。
当時は飲食が制限されていたが、庭にあふれる花々の美しさは今も忘れられない。
オーナーの愛情が細部にまで行き届いていて、
風にそよぐ色とりどりの花が、静かな空気の中で特別な時間を彩ってくれた。
前回訪れたとき、響香がふとつぶやいた。
「なぜか今まで、B型の人とばかりだったのよ」
その時の響香に対する、ちょっとした嫉妬さえも思い出す。
「また響香とあの庭を歩けるなんて、楽しみだな。」
スマホの画面を見つめながら、伸子はそっと心の中でつぶやいた。
ふたりのはじまりは2005年。
ガーデニング教室で隣同士の席になったことがきっかけだった。
教室が終わるころ、札幌市西区にある「白い恋人パーク」でガーデン建設が進んでおり、仲間たちと一緒に新しいガーデンにバラを植えるボランティアに参加した。
ふたりはその後、2年ほど通い続け、自主的に“卒業”した。
伸子は響香より8歳年上だが、母親同士というより“学友”のような関係だ。
バラ好きな女性たちの、乙女のような会話はまぶしくて、
娘たちがアイドルとおそろいのものを欲しがる気持ちとそう変わらない心持ちで、
日々のご褒美にと買ったバラが、それぞれの庭に数本ずつ育っている。
2
待ち合わせは、本屋さんの前。
伸子と響香の住む街をはさむ江別市にある蔦屋書店だ。
ただの本屋ではない。
煉瓦の壁をくぐると、広く明るく、本のテーマパーク”のような場所。
読みかけの物語がどこかに落ちていそうで、どこを歩いても物語に包まれているような気がした。
この2年のあいだ、あちこち旅をしてきた伸子だけれど、こんな本屋のある町には、まだ出会ったことがなかった。
予定よりもずっと早く着いた伸子。
きっと響香は、ぎりぎりに現れるだろう。
その前に、1階も2階もぐるりと回って、日本語の本の感触を、左手にずしりと感じておきたかった。
新しい文庫本をパラパラとめくる、あの感触。
飛び込んでくる言葉。
昭和世代の伸子にとって、日本を離れて一番恋しかったのは、料理ではなく本屋だった。
整然と並ぶ日本語の本の背表紙。
その前に静かに立つ人々の背中。
この空間こそが、日本語の世界そのものだった。
本当なら、町の図書館に毎日でも通いたいところだ。けれど、忙しい日常がある。
家族と、ウクレレの仲間と、そして響香と会えれば、それで十分。
そう自分に言い聞かせていた。
雪道でおおわれてしまうと、待ち合わせすることが難しくなる。
あれこれ考えて、約束の一時間前につくように家を出た。
30分ばかり、懐かしい街道を車で走り、本屋にたどり着いた。
天井が高く、吹き抜けになっている。
1階から2階の本棚が見渡せるその空間に、店内のスターバックスのコーヒーの匂いが、入口までふんわりと漂ってきた。
開店直後だというのに、スターバックスではすでにパソコンを開いて仕事をしている人の姿がある。
「やっぱり、日本が一番。」
そう思いながら、本屋の空気を静かに味わっていたとき、
そっと肩をたたく人がいた。
振り向くと、そこに響香が立っていた。
「元気そうで、よかった。」
伸子は、思わず「わっ」と小さく声をあげた。
そして――
大きな心の声を胸にだけ響かせる、小さな声の、優しい
「お・か・え・り」
第8話②へ つづく。




