長旅編 第12話 ダビデのカラオケ サードラブ
台所シリーズ 台所はせかいをかえる 長旅編
第12話 ダビデのカラオケ サードラブ
カラオケの夜は、どの日も忘れがたい日ばかりだ。
あの日のカラオケには、何か、聞き迫るものがあった。
「ありがとう♬」
と静かに一曲目を歌いはじめると、
二曲目は「かなうなら なら♬」と、切ない羨望のメロディーが部屋に響き渡った。
宗教の関係でお酒を飲むのは、ダビデとジェリーだけだった。
バラ子は、ヒジャブ(スカーフ)をして、いつも参加した。
最初のころと違って、少し派手なスカーフにすることも増えた。
他のみんなはソフトドリンクだったので、伸子も合わせた。
あの日は、いつものメンバー以外の者も加わり、より国際色の強い夜だった。
ギターと呼ばれている彼のギターを、ダビデが手に取った。
「これ、借りてもいい?」と尋ね、
「いいギターだね。大阪で手に入れたというやつだね」とつぶやく。
そして再び、「蛍」(福山雅治)を、今度は弾き語りで歌いはじめた。
その間、バラ子はまた「薔薇を散る」をうたっている。
伸子は次に入れる曲を探していた。
ふと、男性たちの話し声が耳に入る。
「サード・ラブ」
「ファースト・ラブ、初恋」
「セカンド・ラブ、結婚」
「サード……」
“サード”とは何なのか、伸子は耳を澄ました。
「魂」と、誰かがつぶやいた。
「デンジャラス、危険」とも聞こえた。
再び、ダビデが歌いだした。
熱く激しく歌ったかと思えば、声もとぎれ、
言葉にできない単語にメロディーだけが流れ、切なく響いた。
歌詞をのせた画面に、飛行機が飛び立つシーンが映る。
しかし、五十を過ぎたと知ったダビデは、
エンジンとブレーキのバランスをくずした飛行機のように見えた。
きっと、今までモテつづけてきたその容姿が、
じぶんでも想像しなかった“三度目の恋”をして、
心に到着地点の滑走路を見つけられないように思えた。
伸子は、そんな彼の横顔をそっと見つめていた。
するとダビデは、伸子の視線に気づくと、
「ワン、えぞりんどう、プリティ。ツー、えんれいそう、ユニバース。スリー、トリカブト――」
そう言いながら胸を押さえ、毒に苦しむ真似をしてみせた。
その仕草は、かつて伸子が見せたものを、さらに大げさにしたようだった。
昨秋、名古屋のコメダ珈琲で、伸子はダビデに草花の名を教えた。
帯広の老舗菓子店・六花亭の包装紙に描かれている、北海道の野の花たち。
それらは、開拓農民であり画家でもあった坂本直行の手によるもので、
彼が坂本龍馬の甥にあたると、伸子は片言の英語で伝えたのだった。
そんなやりとりを思い出しながら、ダビデの言葉に続けたジェリーの声を、伸子は心の中で拾っていた。
「三度目の恋は、抱きしめたら地獄に落ちる。」
そう言いながら、ジェリーは下から天井を見上げた。
「きみは、まだ一度目も二度目もしてないからな。」
ダビデは肩をすくめて言った。
ジェリーは、身を乗り出すようにして尋ねた。
「抱きしめたいと、思わない恋があるの?」
そのとき、誰かがぽつりと尋ねた。
「君たちの宗教は?」
ダビデとジェリーは顔を見合わせ、少し困ったように笑った。
「うーん、仏も、キリストも、七福神も……みんな、ね。」
伸子は一度トイレに立ち、戻るとまた曲を選んだ。
「これにしよう。」
日本の神様が歌われている歌だった。
やさしいおばあちゃんが語るようなその歌は、
日本中の神様たちを、やわらかく、やさしく包みこんでいた。
曖昧で、それでも温かくて――
その曖昧さこそ、日本らしさなのかもしれない。
日本の神様たちは、どうやら外国の仲間には少し理解しづらいらしかった。
そして伸子も、それぞれの宗教がもつ恋愛観の違いに、少しだけおびえた。
――わたしの知っている結婚や恋は、いったいどれだけ、
シャイターン(悪魔)に召されてしまっているのだろう。
けれど、その歌に耳を傾けている間、
なぜか皆、同じ時間を静かに共有していた。
――ずっと、ずっと後になってのことだが、
伸子は思うようになる。
この「サードラブ」の相手は、
この《虹の輪のプロジェクト》そのものだったのだと。




