長旅編 第5話 侍ダビデ、ウイロウを買いに行く
台所シリーズ 第2部 『台所はせかいをかえる』 長旅編
第5話 侍ダビデ、ウイロウを買いに行く
ダビデは、ようちゃんと一緒に、AとBを誘った。
ウイロウを買いに行くことになった。
──そして、なぜだか、伸子も同伴することになった。
道すがら、彼らは「四間道」へ寄ることにした。
四間道というのは、江戸時代の面影を残す街道で、かつて堀川沿いの問屋街として栄えた商人の町だという。
けれど、ふとした拍子に、五人はへと迷い込んでしまった。
そこで出くわしたのは、苔むした古びた井戸だった。
──実は、伸子は昨日もこの井戸を見かけて、不思議に思っていたのだった。
「夢でも、見てるのかしら?」
伸子の胸に、そんな感覚がよみがえる。
「道、間違ってない?」
ようちゃんが言う。
だがダビデの足取りはしっかりしていた。
「心配無用。武士の端くれとして、自らの道を見極めてきたのだ。」
そのひとことに、ようちゃんはふと笑みを浮かべる。
「なんでそんなに武士っぽいの? やっぱり龍馬ファン?
もしかして……本気で侍になりたいの?」
そして続けて、ようちゃんは腕組みをして、声を張り上げた。
「我ら尾張藩は、今こそ大義に従い、徳川家のために戦うことを選ぶ!
──幕府が滅びし後、新たな時代を築くため、命を賭けよう!」
まるで舞台役者のような即興芝居。
その場の空気が、ほんのり変わっていった。
ようちゃんの演技力はたいしたものだった。
それにもまして、ダビデの龍馬っぷりは、なぜだか様になっていた。
「徳川のために戦う言うがやけんど、その先に何があるぜよ?
幕府がなくなっても、この国は続くがじゃき。
おんしらの剣は、未来を切り拓くためにあるがじゃろう?」
──完璧な土佐弁。
ようちゃんは感心しながら、すぐさま薩摩ことばへと乗り換えた。
「そうじゃなあ。ほら、ウイロウ姫は、どげんとするばい?」
尾張藩から薩摩藩、そして突然の女性軍──
ようちゃんの芝居は、風まかせのように自由だった。
その流れに、AとBも自然と引き込まれていった。
Aは涙を浮かべ、切なげに言った。
「行かぬでおくれ。あなたは、ウイロウの許嫁。
たとえお家が決めたこととはいえ、わたしはずっとその前から、お慕い申し上げておりました……」
Bは、苦しげに首を振る。
「ウイロウとは……行ってはならぬ。もう徳川は……」
(──このふたり、なにもの?)
伸子は思わず、心の中でつぶやいた。
AはBの手を、ぎゅっと握りしめる。
「そう。時代は、つねに変わるもの。
時の人になって、捨てる命などありませぬ。
それが、いつものおなごのおもうところ。
ならば、変わらぬ、ウイロウのもとに──まいりましょう。」
芝居は、笑いを誘うどころか、なぜか真剣さすら帯びてきた。
女性陣は、どうやら本気で「ウイロウ」と「ダビデ」とを結びつけたがっているようだった。
そんななか、ダビデは改めて伸子の方を振り向いた。
その目は、さきほどまでの芝居がかった調子とはうってかわり、真剣そのものだった。
「伸子殿、実は拙者……お前と共に道を歩みたいと、ずっと思っておった。」
──えっ?
思わぬ展開に、伸子は心の中でブレーキを踏んだ。
(これは、もしや……ロマンス詐欺?)
警戒心が、胸の奥でパチンと音を立てて点火された。
伸子は無意識に、すこしあとずさりする。
AとBが、芝居の続きか現実かわからぬ口調で言う。
「行きましょう。ウイロウのもとへ。徳川は、もう……あきらめるしかないわ。」
「伸子さん、わたしたちもいっしょに行くから、心配しないで。」
(……みんな、グルかもしれない。)
伸子の中で、警報が鳴り響いた。
──これは、はじめての一人旅。外国に来たも同然なのだ。慣れない土地、慣れない人。大音量の、心のアラーム。
すると、ダビデが口調を戻し、さらに続けた。
「せっしゃは、世界の喜びを分かち合い、平穏無事な人々に本当の幸せを届けることができると、心の底から思うようになったのです。
その方法を、どうか、あなたに教えていただきたい。」
伸子は戸惑ったまま、耳を傾ける。
「伸子殿、実はこの井戸が今の形になるまでの経緯を知りたいのです。
そして、まだ水道が整っていない町も多く、そこで安全な井戸もないところがある……こんな状態は、許されません。
今さら何を恐れることがあるでしょうか?江戸には……いえ、大阪には、仲間が待っているのです。
あなたとともに、この問いに挑みたいのです。」
伸子は、しばらく黙ったまま、井戸の底を見つめた。
心の中では、なおも警報が鳴っていた。
「それは……もちろん、興味はあるわ。だけれども……」
水道にも井戸にも、まるで興味のないようちゃんは、
「それならば、落研の経験をいかして――」と、胸を張り、咳払いをひとつ。
そのまま声高に口上を始めた。
「拙者親方と申すは、お立合いのうちに、
御存じのお方もござりましょうが――
お江戸を発って二十里上方、相州小田原、
一子相伝なる外郎売りでござる!」
AとBが顔を見合わせ、目を見張る。だが、すぐに表情を変え、調子を合わせてくる。
「さてこの薬、第一の奇妙には――
舌のまわることが銭独楽、
そらそら、舌がまわってきたわ、
回ってくるわ、あわや喉、
さたらな舌にかぎり、
なめらかに、ぬるぬると……!」
ようちゃんは勢いづき、さらに叫んだ。
「生麦生米生卵!」
「瓜売りが瓜売りに来て、瓜売り残し、売り残し!」
その場にいる全員の顔がほころんだ。
そして、伸子は思った。
(こんな口上まで披露する詐欺師なんて、いるはずない。)
緊張がふっと解けた瞬間だった。
――ならば、と、伸子は小さくうなずいた。
ウイロウを一緒に買いに行くことにした。
その味に、嘘はなかった。
その後、改めてダビデと向き合い、じっくり話をした。彼の言葉には誠意があり、少なくとも嘘は感じなかった。
キュンちゃんのペンは、私のスマホで購入先を教えたら返してくれた。
きのう私が水道資料館のバス停で落としたものを、ダビデが拾ったらしい。ようちゃんに入力させていた。
「何セット?」「12ダース」——6本入りを12ダース、144本も申し込んだらしい。
名刺を受け取った。彼の進む道は「虹の輪」という名前だ。
「
北広島の事務所に戻ったら、上司に相談してみよう」
伸子はそう心に決めた。




