長旅編 第3話 ④その1 名古屋のコメダが、リフレイン ようちゃん登場
台所シリーズ 第2部『台所はせかいをかえる』 長旅編
第3話④ 名古屋のコメダが、リフレイン ようちゃん登場
さっき、コメダで母子会談をしていたふたりは、
ゆったりとコメダ特製のデザートを食べながら、
こちらをうかがっている。
1 胆振地震の回想
なんで、このコメダで、あの日の地震を思い出すのだろう。
きっと、えりちゃんと、あの後コメダでコーヒーを飲んだからだろう。
停電が明けた二日後――あのやわらかな電球の色が、いちばん鮮明だった。
最大震度6強、全道停電46時間といわれたあの地震。
あの日、ブラックアウトした日は、冷蔵庫のことは家族に任せた。
夫はアイスを食べすぎてお腹を壊し、
2歳になったばかりの凛は、アイスの味を覚えた。
事務室で、一日何も口にせず業務にあたっていた私は、
えりちゃんが社外へ出ていたことに気づいた。
二時間ほどたって、ビニールの袋をかかえて帰ってきた。
「えりちゃん、帰ったんじゃなかったの?」
「セイコマでやっと買えました。縣さん、亀田部長どうぞ。」
「悪いな……」
「セイコマ、やってるの?」
「自家発電でご飯炊いていて。白おにぎりだけですけど。」
「うまいな。」
「おいしい……」
通電が再開されたのは、9月6日夜から7日朝にかけて。
都市部や医療機関が優先された。
午前11時頃にはほぼ全域が復旧したという。
だから「32時間だった」と記憶する人もいる。
暮らす場所や立場によって、あの「46」という数字の重みは違う。
それは、時間ではなく、その時間に誰といたかで決まるのだろう。
「うまいな」
亀田課長が、やっといつもの椅子でコーヒーを飲んでいたのは、
あれから何時間後だっただろう。
2 名古屋のコメダ(2022年秋)の回想
どうでもいいけど、あのもじゃもじゃ頭……もじゃもじ、
亀田部長に似ているな。
通りを挟んで――茶色のジャケットの、もじゃもじゃ頭の彼を見た。
のちに“ようちゃん”と呼ぶことになる彼。
本当の名前はいまだにわからない。
ようちゃんは、一時間前から伸子の斜め前に座っていた。
40半ばくらいの男性。
伸子は、店内を見渡した瞬間、
彼が道民だと確信した。
きっと大事な人の、明日の四十九日に来たのだろうと察した。
今日は、同じ道民にこの窮地を取り次いでほしいと、
何度か熱い視線を送った。
だが、彼は目を合わせようとはせず、
こちらの話に一人で耳を立てている。
黒いスーツに、くるぶしまである新調の革靴。
この季節の名古屋には少し不似合い。
彼の横には六花亭の紙袋がある。4つか5つ入り。
きっと親戚に配るつもりだろう。
六花亭は帯広の老舗菓子店。
坂本直行さんの包み紙には、
エゾリンドウ、ハマナシ、オオバノエンレイソウ、カタクリ――
北海道の山野草が咲いている。
その包みを見ただけで、心がふるさとの空気に触れる。
ようちゃんの包みは、店頭に積まれる鮮やかな贈答用とは違っていた。
前日に札幌か岩見沢で用意したのだろう。
悲しみに寄り添うような、肌色に六花の花を咲かせた包み。
伸子は視線で助けを求めた。
(同郷のよしみで、この会話の続きを――助けて。同郷だって、ばれてるんだから)
英語で、遠回しに伝える。
If you want to buy a gift from Hokkaido,
I think Rokkatei’s sweets are nice.
The wrapping paper is pretty, too.
I heard it was drawn by the nephew of Sakamoto Ryoma.
Do you know Ryoma?
(もしあなたが北海道のお土産を買うなら、六花亭がおすすめ。
包装紙も素敵。坂本龍馬の甥が描いたんですよ。龍馬、知ってますか?)
Rokka means "six flowers."
はまなし なわしろいちご しゃくなげ あやめ とぶかぶと えぞりんどう
にりんそう くろゆり
「1, 2, 3, 4, 5, 6, 7……Oh? That’s more than six! Isn’t that funny?」
ダビデは笑いながら指を折った。
「わん、あやめ、つー、えぞりんどう」
「おっけー」と伸子。
「えぞりんどう? What?」
「えぞ is 北海道、りんどう is… ウッドロード? No, mistake、りんどう is りんどう」
「おういえー」
「にりんそうは北海道大学にきっと咲いているわ。
Example、北海道ユニバース」
(また、もじゃもじに視線を送る。
六花亭の袋は、私に見えるように置きなおしてくれている。
くすくす笑っているよ。あの人)
あとから、伸子はこの同郷の彼を「もじゃもじ」と呼ぶことになった。
「えぞとりかぶと」は毒がある、とダビデにジェスチャーで教えた。
坂本龍馬の話もした。
この絵を描くのは龍馬ファミリーだと。
「Sakamoto Ryoma was a man who helped protect Japan from the strong winds brought by the Black Ships.くろふね」
と黒船のかぜから、日本を経緯的に守ったと伸子がいったら、
すると、ダビデは静かに続けた。
「Ryoma acted as a mediator.
Without Ryoma’s efforts, this alliance might not have happened.
坂本龍馬は、薩摩藩と長州藩の重要な同盟――薩長同盟の成立に尽力しました。
この二つの勢力は最初は敵同士でしたが、龍馬は調停役として働き、
協力して徳川幕府に立ち向かうよう助けました。
もし龍馬の努力がなければ、この同盟は実現しなかったでしょう。」
イントネーションこそ違うが流暢かつ的確な日本史を語る三重奏王子。
つややかな低音ボイスが静かに響く。
(……あなたは龍馬? ……数年前の『龍馬伝』を思い出す。
あなたはダビデね。)
(それより、どうしてこんな流暢に話せるのよ。
今までの片言日本語はなに?)
「ドラゴンホース。龍馬イズドラゴンホース」
三重奏・雅春・ダビデはささやいた。
店のスピーカーから、さっきと同じ日本語でも英語でもない歌が流れはじめた。
(リフレイン――やっぱりコメダだ)
まだ、もじゃもじとは視線が合わない。




