表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/116

長旅編 第3話 ③ その2 名古屋のコメダが、リフレイン ダビデの登場

台所シリーズ 第2部『台所はせかいをかえる』 長旅編

第3話②ーその2 名古屋のコメダが、リフレイン ダビデの登場


振り返ると、やっぱり一番印象的だったのは、ダビデとの出会いだった。

ペンいれには、今も「ダビデ」と刻まれたペンが入っている。

彼が、伸子を“虹の輪”へ誘ったのだ。


あのときのやりとりを人に話すのは、難しい。

というより、恥ずかしい。

だけれども、あの瞬間、自分をとても愛おしく感じる。


“Sorry for surprising you. Actually, I saw you yesterday as well.

When I saw you entering Komeda, I couldn't help but go in with you.

You went to the Water History Museum yesterday, right?

I was watching the exhibit you were so keenly looking at from behind.

When you were looking at the bus timetable, you dropped your pen.

It’s a cute pen. I could exchange it if you'd like. Would that be okay?”



「ワンモア、プリーズ」


今度は、ゆっくりと。

ダビデは、やわらかな英語でこう言った。

後からわかったことだけど、ダビデはこう言っていたらしい。


「驚かせてしまってごめんなさい。実は昨日もあなたを見かけたんです。

あなたがコメダに入るのを見て、つい後を追ってしまいました。

昨日、水の歴史資料館に行きましたよね? あなたが熱心に見ていた展示を、後ろからそっと見ていました。

バスの時刻表を見ていたとき、ペンを落としましたよね。

かわいらしいペンでした。もしよかったら、そのペンと交換してもらってもいいですか?」


でも、伸子の心の声は、


(最初の “Sorry” と “OK” しかわからない)

(イエス? ノー? どっちが正解?)

(ペンを貸してもらったのは私なのに、なぜ “Sorry”? 日本人じゃあるまいし)

(玉木先生……助けて  )

中学一年の英語の先生「玉木先生」の名が、なぜか頭をよぎった。


ソーリー、ミュージアム、バス、ペン、キュート。

伸子は単語だけをなんとか拾う。


(ぺん、ぺん……って、昔のギャグ?)

(そうか、ペンを返してなかったんだ!)


伸子は、はきはきした小学生のように、


「サンキュー!ジス イズ キュートペン!」


と、ダビデの名が刻まれたペンを机に置いた。

返却完了。胸をなでおろす……はずだった。


しかし、三重奏王子が、言った。


「こまったな〜」


名古屋イントネーションにも聞こえる片言の日本語で、じっと伸子の顔を見つめる。

彼は、彼女の“次のセリフ”を待っていた。


伸子は思わず、口をついて出た。


「HELP。Yourself」


(=私:あなた自身でなんとかしてください)

(=彼:ご自由にどうぞ)


三重奏王子は、やわらかな福山雅治そっくりの声で、剛くんみたいな謙虚なさわやかな笑みを浮かべ、


「いいんですか?」


と言いながら、伸子の手をそっと取った。


「あ・り・が・と・う」


――どんなときでも、スターとして合格だ。

その「ありがとう」が、やけに耳に残った。


そして、ようやく手を離すと、テーブルに置いたペンを再びゆっくり伸子に差し出す。

一本のペンを差し出す様子が、普通じゃない。

まるで宝塚の舞台を観ているかのようだ。


コメダにかかる音楽が、彼の仕草の効果音になっている。


「ぼくのじゃ、だめですか?」


彼の低音ボイスが、周囲の視線を集める。

向かいの席の母親談義の二人も、店員も、ことのなりゆきをうかがっている。


(もう、さっぱりわからない。早くこの店を出たい。札幌のコメダでコーヒー飲みたい)


伸子は意を決して、


「グッドバイ」


そう言って席を立とうとした。


すると、静かにダビデが、


「Pardon me, but I think you may have forgotten this — your iPad. It looks quite important.」


言ったかと思うと、次の瞬間、伸子の腕をつかんで引き戻した。


思わず、


「やめてください!」


強い口調で言うと、


「おわすれですよ。大事なアイパッドでしょう?」


今度は――流ちょうな日本語で。


「世界最高水準のお仕事、見せていただき感謝しています。

もう少し、お仕事のお話、聞かせていただけませんか?」


(え? なんで急に日本語うまいの?)


あとから聞いた話によれば、ダビデは日本の時代劇が大好きで、小さいころから日本語に慣れ親しんでいたらしい。


結局、ダビデのペンを置いたままのテーブルをはさんで、再び座ることになった。


この三重奏王子ダビデは、スマートな立ち姿、爽やかな笑顔、艶やかな低音ボイスを武器に、伸子を席にひきとめ、会話を続ける。


向かいの席から、甘い生クリームの香りがただよってくる。

彼女たちまでもが、こっちを意識しているようだ。


「あまいかおり。やっぱり、日本の生クリームさいこうだわ。ビューティフル」


そんな彼女たちにも視線を向け、スタースマイルで会釈。

長い足を組み直し、店員に視線だけで注文するのに、嫌味はない。

無言の「それ、ふたつ」。


(何者?)


彼のことを知りたい気持ちも芽生えたが、伸子は自分の周囲を見渡す。


そこに、ようちゃんと呼ぶ亀田課長そっくりの男が、コーヒーを飲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ