長旅編 第3話②名古屋のコメダが、リフレイン ダビデの登場
名古屋のコメダが、リフレイン ダビデの登場
1. 胆振地震の回想
「名古屋でも、私はペンをなくしてしまった。」
それは、五年前のあの日と同じだった。
たいしたことではないはずなのに、ペンが使えないことで焦る。
ブラックアウト二日目の暗がりで、あのときもペンを探していた。
「えりちゃん。ぺんないかしら?」
「……」
昼間なのに、倉庫は窓がなく暗かった。
伸子は懐中電灯を手に、ホワイトボードのペンを探した。
2018年9月6日――ホワイトボードは、あっという間にぎっしり埋まった。
未確認箇所
給水車
補助電源場所
各自、携帯電話・スマホの充電は来るまで
インクがもう出ない。
「早くしないか」
「落ち着け」
「ガソリン、余裕ある車、書いとけ」
「充電は各自、車で」
あ、新しいペン――。
電気のつかない倉庫で、懐中電灯の光に反射する銀色の軸が、闇の中でひときわ眩しく見えた。
ペンを手に取ると胸の奥がふっとゆるみ、なぜだか安堵した。
2. 名古屋のコメダ(2022年秋)の回想
レジでもペンを借りることができず、伸子は席に戻った。
途方に暮れていると――
「使いませんか?」
差し出されたのは、ダビデのペンだった。
白いシャツに柔らかな微笑みを浮かべた、異国の王子様のような男性。
ペンを持った彼の白い指先がツークッションで伸子の手元へと動いた。
「ありがとうございます。」
ペンを受け取り、伸子が顔をあげると、彼は一瞬で視界から消えた。
ペンには「made in JAPAN」の横に「dabide」と金色の文字が刻まれていた。
…ダビデ? 名前かしら?
そのペンで、えりちゃんへの指示を書き、席に座ったまま再び電話。
裏紙に書いた手順を小声で読み上げると、えりちゃんはすぐに理解した。
「私が考えたのと一緒です。じゃあ、明日の申し送りは不要ですね」
スマホの電源を切って、伸子はそっと「お疲れ様」と言った。
後ろの席で、ダビデは静かに見守る。
スマホで伸子の声を記録し、異国の言葉「おつかれさま」を小声で繰り返す。
「おつかれさま…おつかれかま…」
伸子は気づかず、ペンをじっと見つめる。
3. ダビデとの距離と輝き
店内を見回しても、異国の王子様はすぐには見つからない。
「初めての一人旅、六十三歳、名古屋でコメダに長時間滞在」とタイトルをつけ、自分を落ち着ける。
ダビデは真後ろで膝の下にスマホを置き、背中で私を見守る。
咳払いで振り向くと、白いシャツの王子が柔らかく微笑む。
青年かと思ったが、しっかり見ると50代の落ち着きがあった
けれど若々しさと余裕を兼ね備えた仕草と、謙虚で爽やかな笑顔は年齢を超えて輝いていた。
「おつかれさま」とダビデ。
低音の声は胸に響き、耳にやさしく残る。
――その瞬間、伸子の頭の中で、いつも画面で見た三人の顔が重なった。
ラジオで聴く声、画面にあらわれる姿、圧倒的存在感――若い頃から女性を虜にしてきた日本のスターたち。
その立ち姿、その笑顔、その声…。
心の中で、彼を「三重奏王子」と名付けた。
4. 心の揺れと会話
(なに、このシチュエーション…お疲れのご褒美?)
(私はこんなのを喜ぶタイプじゃない)
振り向くと、ダビデがそっと聞く。
“Um… may I sit here?”
“Is that okay?”
不器用な真摯な日本語も続く。
「あの、前、座っていいですか?」
「だめですか?」
(うん、もういい。コメダの三重奏)
(だめだわ)
心の連呼の後、伸子が答える。
「Yes」
すると、彼は
「Thank you」
ダビデは静かに私のコーヒーカップの場所を動かし、ゆったりと席につく。
隣では母親談義の友人たちも黙って見守る。
伸子は心の中で何度も言い聞かせる。
(落ち着け。仮にも私は60代、れっきとした社会人。英会話だって……)
(初めての一人旅、あー、孫の凛の方が冷静かも)
5. 英語でのやりとりと続き
ダビデは笑みをうかべ、低音ボイスで語る。
“Sorry for surprising you. Actually, I saw you yesterday too.
When you entered Komeda, I couldn’t help but follow.
You were at the Water History Museum, right?
When you looked at the bus timetable, you dropped your pen.
It’s a cute one. I could exchange it if you'd like.”
伸子は、中学1年の英語の先生を思い出し、勇気を出して返す。
「ワンモア プリーズ」
ゆっくり繰り返すダビデ。
すぐに、伸子はペンを返し、胸をなでおろすはずだった。
しかし、三重奏王子とのコメダ対談は、まだ続く――。




