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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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長旅編 第2話 名古屋のコメダ

台所シリーズ 第2部 『台所はせかいをかえる』 長旅編

第2話 名古屋のコメダ



人の波につれられて、たどりついたのは名古屋のコメダだった。


札幌と変わらない、木のぬくもりを感じるコメダの内装。

あの時、新型コロナが少し落ち着き、日常と非日常が混ざり合っているようだった。


横のテーブルの会話が、ふと耳に入る。

私と響香さんのことを映しているような、とりとめのない話。

コロナで会えなかった時間の喜びが、言葉になってあふれていた。


二人は名古屋の住民ではないらしい。

新幹線で昨日到着したという。

「うちの町にはコメダがなくてね」

モーニング文化を楽しそうに話している。


片方の女性は、一人息子が名古屋の大学に通っているそうだ。

「学生食堂で100円の朝食が食べられる。それだけで安心できる」

もう一人に向かって、

「あなたの娘さんも名古屋の大学に通わせたら?」


笑い合う姿を見て、伸子の胸はじんわり温かくなる。

偏差値よりも、食生活を思う母心と、“からの巣”になった自分の暮らしを支えようとする心の防波堤。

ふと、大学生の娘に、焼きっぺやどんぐりのパン、野菜と、食べ物ばかりを詰めて送ったダンボールを思い出す。

あの時の自分もまた、同じ気持ちでいたのだ。

その気持ちが、二人の会話ににじんで親近感を覚えた。


ふと、片方の持ち物に目が止まる。

サザンのグッズだ。

「やっぱりね」と微笑む。

今朝は、同じ光景を見た人に、こうして出会える気がした。


昨夜の興奮が戻る。


名古屋城、四間道、そして水道記念館をかけあしでまわり、

日没後にコンサート会場、名古屋のバンテリンドーム ナゴヤ(旧ナゴヤドーム)に向かった。


いつもは同行する娘たちも、今夜ははいない。

初めて一人で会場に向かった桑田佳祐さんのコンサート。

あの、ステージに光が差し、音があふれた瞬間。


「お互い元気に頑張りましょう!」を全身で受け止めた。


会場を後にして着いた渚ホテルでは、興奮して眠れなかった。それにもかかわらず、朝はすっきり、新しい空気に包まれていた。


恋をしたわけではない。

でも、伸子の旅はまるで恋だった。


人でもなく、物語でもなく、この地球に恋をしたような——

初めての感触のメロディーの風に流された。


「白い恋人達」に続いたコンサートのラストは、「100万年の幸せ!!」。


旋律が未来を包みこむように、会場を満たしていた。

胸に残る幸福の余韻が、この珈琲店にも静かに満ちていた。

少しぬるくなったコーヒーを手に取る。


ふとテーブルを見ると、スマホがカタカタ揺れていた。

画面には「北広島にこにこ水道」と表示されている。


旅行気分は、一瞬にして消えた。


会社からの電話は皆無だ。

——あの日を除いて。


2018年9月6日——北海道胆振地震の日。


伸子の脳裏に、ブラックアウトした北海道の風景が浮かぶ。

地下鉄を使う同僚は職場に来られず、信号のない道路を息を詰めて進んでいた。

すれちがうドライバーの表情は、皆が皆こわばっていた。

交差点に警察官がたっていたが、到底、人数は足りない。

あの日を思い出して、伸子は体が緊張でこわばった。

 

第3話へ つづく



お店紹介 どんぐり 札幌を中心に展開するおいしいパン屋さん

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