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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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ただいま編 第42話「実家の本棚 ㊙の記憶」

台所シリーズ 第3部「台所でせかいをかえる」ただいま編

第42話「実家の本棚 ㊙の記憶」

1


墓参りに行った翌朝、響香は奥の和室へと足を運んだ。


久しぶりに本棚の前に立つ。


暖房の熱が届かないこの部屋は、冷蔵庫のように寒い。


 


掘りごたつを組み込んだその和室は、かつては客間だった。


いまでは座卓に非常食や水のボトルが丁寧に積まれ、納戸のように使われている。


床の間の近く、畳に手が届きそうなほど低い棚には、博多人形や、針の止まったままの時計が並び、障子越しの淡い光を静かに浴びていた。


 


その光景は、時間をゆっくり溶かすように、昔の記憶を揺らした。


障子の白さに目を細めると、この家に引っ越してきた日の情景が、まるで昨日のことのように浮かんできた。


 


引っ越したのは、響香が小学六年生のときだった。


妙蓮寺ニューキャッスルの一室を手放し、ローンを組んで両親が手に入れたこの家。


「横浜」といっても、港からは一番遠い場所だった。


 


もう築50年にはなるけれど、意外にしっかりしている。


当時、「リビングは広く。窓は大きく」と父。


「I型の長いキッチンがいい」と母。


 


今ではありがちな間取りだけれど、50年前の営業マン・大堀さんには、どうやら手間のかかる注文だったようだ。


「応接間、いらないんですか?」


「これだけ大きな窓にすると、梁を特別に入れないと審査が下りません」


 


二流企業の企業戦士だった父と、パート勤めの母。


要望は多く、予算は少ない。


 


どれも譲れず、最後に削ったのは──階段の一段だった。


その分、一段一段の高さが、つま先がわずかに引っかかるほど増した。


 


ほんのわずかな差。


その段差が、数十年後、致命傷になるとは思わなかった。


 


「お父さんが、二階から降りられなくなった」


あの電話から、父の闘病と母の看病が始まった。


 


25年前の手術よりも前から、父はずっと薬を飲んでいたけれど、病気と“戦って”いたわけではない。


うまくつき合っていた。


綱渡りのような時期もあったけれど、それでも日々を歩いていた。


 


もし、あの階段の一段があれば──


もう少し、病気と“戦わずに”つき合えたかもしれない。


二階に上がれなくなってからも、「家ですごしたい」と言って自主退院し、最後まで自宅にいた。


 


それでも、きっと父はこう言うだろう。


空の上から、ぽつりと、誇らしそうに。


「いい間取りだろう」と。


2


かつて本棚には、世界の文学全集がずらりと並んでいた。


 


今はもうそれらはなく、代わりに並んでいるのは、樹木希林さんの本や、母が「残したい」と思った数冊だけだった。


 


響香が希林さんの本を開くと、付箋が貼られたページが目に入った。


 


その言葉を見た瞬間、思わず涙腺が熱くなり、「やばい」とつぶやいた。


 


この本たちを一冊ずつ丁寧に読み返せば、母が費やした断捨離の時間を、また繰り返すことになる。


 


そして結局は、同じ棚に戻すことになるだろう──そう思い、響香は視線を他の本へと逸らした。


3


ふと本棚の上の六花の箱が目に入った。あの、馴染みのお菓子の箱で、上には「写真」と書かれた紙が貼ってある。


 


若い頃の父がラクダに乗っている写真──それを思い出した。箱を下ろして蓋を開けると、なんとなく悪いことをするわけじゃないのに、息をひそめてしまった。


 


蓋の向こうには、整然と積まれた写真の束。胸がぎゅっと熱くなって、つい「これも、やばい」と口に出してしまう。中をできるだけ乱さないように、慎重に写真を探した。


 


「パパ」と書かれたフォルダを開く。


けれど、ラクダの写真はなかった。


 


ファイルとファイルの間に、一通の白い封筒が挟まっていた。


 


「㊙️ 非公開」と書かれている。


 


おそるおそる開けると、中には一枚の写真──


野原に並ぶ数十人の子どもたちの中に、幼い頃の母が写っていた。


 


白黒のセピア色の写真なのに、母のセーターだけは不思議と「赤い」と感じた。


大きくも、小さくもないセーター。たぶん、おさがりだ。


それでも、どこか鮮やかに見えた。


 


母のそばには、叔父と思われる少年がふたり。


彼らのズボンにはさまざまな模様が入り、一時期ユニクロで見かけたデザインを思い出した。


 


──でも、この写真のどこが「非公開」なのだろう?


この幼子の輪の中に、隠しておきたい誰かでもいるのだろうか。


 


響香は写真をじっと見つめた。


迷いながらも部屋を出て、母に尋ねた。


 


重々しく語り出すかと思いきや、母は意外とあっさりと言った。


 


「あんな……浮浪児みたいな写真、人に見せられないよ」


 


その言葉を聞いた瞬間、響香の頭にふと浮かんだのは、アラビア語のレシピに記された「㊙️」の文字だった。


 


写真の記憶と重なるように、あの日のことを思い出した。


秋、伸子とランチをしたときのこと──


 


「旅していた頃の話、あとで聞かせてね」と言ったのは響香だったのに──


スマホに保存されていた画像を取り出した瞬間から、話は伸子の旅の思い出ではなく、アラビア語の渦に引き込まれていった。


 


「たぶん、これ、料理のレシピよ」


スマホをのぞき込みながら、伸子は翻訳アプリを開いた。


反転して読みにくいひらがなの下に、確かに料理名らしき単語が浮かび上がった。


 


そのレシピのすみのほうに、見覚えのあるサインがあった。


響香の父の名前。ueno jui 。

そして、日付。1972/11/7


その下には、ひらがなを覚えたての子どものような文字で「きょうか KYOKA」と読めた。


 


伸子も、弟も、それは響香と父との美しい一ページと確信したのだ。


 


「㊙️」の文字は、何かを隠すためではなく、忘れたくなかった記憶のしるしだったのかもしれない。


 


響香だけが、その日の記憶がまったくなく、腑に落ちなかった。


けれどなぜか、若き日の父に会えたような気がした。


 


──母の赤いセーターの写真と、アラビアのレシピ。


「見せられない」と言った母の過去と、「きょうか」と書かれた未来への小さな願い。


 


レシピにあったマグルーバ、カタールの料理──


それは今、素敵な郷土料理だが、かつてそれは、現地の人々にとって“貧しさ”の象徴だったのかもしれない。


 


若き日の父が、どこかアラビアの地で、現地の料理を教わる姿が心に浮かぶ。


 


──「㊙️」に込められた意味。


母の写真と、アラビアのレシピ。


そのふたつが、響香の中で静かに、確かにつながっていく。


 


第42話 おしまい

第43話「羽田で」につづく

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