ただいま編 第40話 妙蓮寺駅 踏切の音
台所シリーズ 台所でせかいをかえる ただいま編
第40話 妙蓮寺駅 踏切の音
1「帰り道、わかるの?」
「帰り道、わかるの?」
哲郎は、もちろん妙蓮寺に土地勘なんてない。
でも、いつも通り、先導役をしてくれる。
もし哲郎がいなかったら、私はきっと、駅前のおでん屋と唐揚げ屋だけ見て、
満足して帰ってしまっただろう。
優秀なタイムキーパーに感謝。
まだ、たったひとつの信号機。
「帰り道、わかるの?」
その言葉で、意識が過去から現在に戻る。
哲郎はちらっと時計を見て、スマホのナビをセットした。
駅から妙蓮寺キャッスルへの
唯一の信号機。
妙蓮寺キャッスルの信号機のある横断歩道をわたる。
なぜ、もっと早くこの「ぐるぐるぽんちき」を認識しなかったのか。
そんなことを思いながら、
今はただ、懐かしい風景の中を帰っていった。
2「かえりみちわかるの?」パート2
「かえりみち、わかるの」
哲郎の声で、われにかえった。
信号機を渡る。
行きとはちがう道を通る。
「妙蓮寺への道は、100通りあって、どれを選んでも迷わない」
「ぐるぐるぽんちきの信号」を渡って、響香はそう言った。
自分の中から出た言葉なのに、不思議だった。
──100通りあって、どれを選んでも、まよわない。
「それって、どういうこと?」
自分でも、なんでそんなふうに言ったのか、ちょっとだけ首をかしげた。
哲郎のあとを、小走りに五歩すすむ。
細いコンクリートの、ゆるやかな階段に向かって。
「こっちでいいの?」
「大丈夫。そっちでも」
──六つ、七つの自分が、この中にいるのだから。
そう言いきかせるように、哲郎にこたえた。
信号の先の、小さな階段をわたりきらないうちに、気づいた。
響香が「まよわない」と言った理由。
この、方向音痴の響香でも、妙蓮寺へは絶対まよわない。
妙蓮寺への行き方も、100通り。
それも、わりと本当。あみだくじのような細い道。
そのどれを選んでも、最後は妙蓮寺。
だいじょうぶだ。
足のつま先を見る。大丈夫とわかって、あたりを見まわす。
──過不足なくという、美しさ。
ここには、ずっとそんな美しさが息づいていた。
50年前は、どこもみんな、こんな風景だったと思っていた。
でもちがった。
この美しさは、ここにしかなかったんだ。
「こっちを、ひだり?」とまた哲郎。
「だいじょうぶ。この道は、ひとりでよく歩いた道」
もしかしたら、誰かと歩くのは、響香ははじめてかもしれない。
母とは、ちがう道を通って帰ってきたから。
足に少しだけ、力が入る。
それで、自分たちが最短コースから少し外れているのがわかる。
──そう、くだればいいのだ。
石ころのように、くだればいい。
一番下にあるのが、妙蓮寺。
水の流れに身をまかせれば、最後は妙蓮寺に引きこまれる。
あっちに行けば、犬に会える。
こっちに行けば、○○印のコンクリート。
凹凸で目を閉じても歩ける──白杖の人の人の道
今日も、みかんがみずみずしく色づき、光を受けている。
木々の緑も正直だ。南側だけ、どれも青緑の葉をつけている。
階段であがる二階建てのアパート。台所のかたわらで、洗濯物はきっと今も昔も部屋干し。
三世代が住んでいそうな一軒家。新聞受けには今はもうない牛乳瓶。それでも庭の木々が、住民の健在を告げる。
田園調布にありそうな、ガレージつきの一戸建て。ステンレスの格子越しに、高級車が光を反射している。
その隙間には、世話の行き届いた鉢植えの花。
──50年前にも、あそこにあった気がする。
記憶の端に、腰を曲げたおばあさんの持つ、緑のジョウロが見えた。
外階段のかたちは、そのまま。
それだけでも胸に飛びこんでくるのに、
そのすべてが、まるで築2、3年に見える。
錯覚だ。
壁だけを知らん顔で塗りかえて、「新築よ」とでも言いたげに、
静かに立っている。
いろんな人が、この狭い空間で、
帯広の農家一軒分くらいの広さで、寄り添って暮らしている。
誰もが、あの鉢や、あの庭で、
四季を感じて、ちゃんと暮らしている。
──この道は、住んでいる人たちの道。
本当は、通るのも、少しあつかましいのかもしれない。
でも、50年前のよしみで。
少しだけ、たのしませてもらって。
ふたりは、妙蓮寺にたどり着いた。
妙蓮寺の井戸は、変わらず水を湧かしていた。
そこに、言葉はいらなかった。
境内の静けさを抜けたとたん、
赤色の点滅とともに、踏切の遮断機が下りて、信号が鳴った。
おでんを抱えて、
響香と哲郎をのせた電車は、静かに菊名を過ぎていった。




