台所シリーズ 第1部「台所でせかいをかえる」ただいま編 今までのお話 第31話〜第37話
第31話 昭和ゾンビ新年会
「昭和ゾンビ、たしかに不死身だもんね。あっち痛い、こっち痛いって言いながら、ぴんぴんしてるもの。」
「めだかゾンビの館……」
「あっちこっち、ゾンビだらけね。」
「不死身ね……そうでなきゃ。」
第32話 「二人だけの新年会」 ―地下道のベンチから始まる旅―井戸の記憶へ
——「こんなところに金庫があるなんて」と、聞けばきっと驚くに違いない。
札幌のチカホには、一日におよそ10万人もの人が行き交う。
そんな喧騒のなか、静かに佇む——お菓子マルシェの階段の横に、まるでオブジェのように置かれた金庫。
その前のベンチに二人は腰を下ろす。
「名古屋の四間通りで、もっと立ち止まっていればよかった。」と、伸子は加えた。
実際、四間道に立った時、伸子も、すごいことができそうな気がした。
「四間道」と彫られた石柱をスマホで写真を撮った時、あの道の成り立ちをゆっくり調べようと思ったのだっその瞬間の胸の高鳴りが、あの写真に閉じ込められてる気がした。
第33話 君の名は?
目の前を、正月を終えた令和の人々が、足早に通り過ぎていった。
コンクリートの床には、キャリーケースの車輪の音が小さく反響する。
遠くには、映画の宣伝用のポスターに足を止める同世代のひと。
スーツをきた仕事を開始した人たちも、足早に通り過ぎる。
響香と伸子は、井戸の話をしていた。
「どこにあったの?」と聞かれて、「妙蓮寺だよ」と答えた。
「小学生の頃、住んでいた場所だよ」と言うと、
伸子さんはお寺に住んでいたのかと勘違いして、首をかしげた。
「駅名よ。」
第34話 妙蓮寺の井戸と傘
思い出の一滴一滴が地下を伝わり、やがて小さな源流を作るように、過去の時間がふたりの間にながれはじめた。
戦中戦後の焼け野原、静かにたたずむ井戸、100年の歴史の想像――
響香はそのひとしずくを静かに心に描いていった。
「まずは、横浜港が開かれ、外国人居留地として栄えた関内。
その5キロぐらい内陸にあるのが妙蓮寺なの」
響香は、まるで地図の上をなぞるように、人差し指を動かしながら語った。
「横浜・関内」
響香がその地名を口にすると、伸子が顔を上げた。
「白い帆のような三日月形のホテル、よくテレビで映るわよね」
第35話 チカホの柱に映る、五時の針
駅へ向かう途中、チカホの柱には、アイヌの女性たちが縫い上げたアイヌ模様が並ぶ。
長い時間をかけて生まれたその文様は、ヨーロッパの宮殿に輝くステンドグラスよりも、響香にとっては、もっと神聖で、本物の美しさを感じさせた。この美しい縫い目をうみだした明かりは、いろりの炎か月のひかりか。
大事な炎を消さぬ使命は、明日の天気をしる使命は、家をまもるものを神にしたのではないか
第36話 妙蓮寺の井戸と傘
井戸は境内の木々から吹く風を受けていたが、誰にも気にとめられていないようだった。
はじめて試したとき、水がぐいっと押し上がってくる感触と、その驚きは今も覚えている。
今になって振り返ると、
戦前から変わらぬこの井戸は、どれほど多くの人々の喉を潤してきたのだろう。
祖母もここで水を汲み、日々の暮らしの中に自然に溶け込ませていたに違いない。
戦火を生き延び、変わらずそこにある井戸。
その前に再び立つのを想像するだけで、私は妙蓮寺の歴史と、自分のルーツを確かめたいような気持ちになる。
第37話 時を重ねた水滴の魔法
会場がざわめき、国際色豊かな笑いが巻き起こった。
「ナマタマゴ タベル ニンゲン、イルワケナイダロウ…」
列車の揺れとともに、あのざわめきがそっと伸子の胸に重なる。
嫌な思い出のはずだったのに、さっき響香に話したことで、ほのかな淡いいい記憶としてよみがえってくるからおかしい。
列車が北広島に近づき、除雪作業の人影が一瞬、光に浮かぶ。
白銀の世界の人の営みが、まぶしく、あたたかい。
伸子は目を閉じ、揺れるリズムに合わせて静かに心で誓った。
「源流をたどるレポート」を書く、と。




