ただいま編 第35話 チカホの柱に映る、五時の針
台所シリーズ 第1部 「台所でせかいをかえる」ただいま編
第35話 チカホの柱に映る、五時の針
札幌地下歩道での伸子と響香の新年会は、結局、金庫前のベンチで終わった。
チカホの柱が、五時の時計を映し出し、響香たちに時を知らせる。
——二年前も、同じ柱の前で立ち止まった。
「私たちって、やっぱり五時のシンデレラね。」
あのときは、笑いながらどちらともなく駅へ向かいだした。
今、同じ言葉が心にひびく。けれど、あのときより少し名残惜しい。
どうして自分がそうしてしまったのかはわからない。
けれど、——馬車を待つ私たち自身が、シンデレラの運命を選んだのだと自覚している。
誰かに言われたことではなく、自分たちが選んだ道だと、しっかりと感じながら。
駅へ向かう途中、チカホの柱には、アイヌの女性たちが縫い上げた模様が並んでいた。
左右対称で連続的に織りなされる美しい模様。
アイヌの女性たちは、その刺繍に、家族や共同体の幸せへの願いを込めたという。
母から娘へ、そして孫へと受け継がれてきた文様は、
アルファベットやひらがな、漢字といった“文字”を持たないとされるアイヌ文化にも、高い伝承の力があったことを、静かに物語っている。
交易で手に入れた針は、大切に保管され、世代を越えて受け継がれていった。
その針を使い、女性たちが、長い時間をかけて生まれたその文様は、ヨーロッパの宮殿に輝くステンドグラスよりも、響香にとってはもっと神聖で、本物の美しさを感じさせた。
この美しい縫い目をうみだした明かりは、囲炉裏の炎か、月の光か。
大事な炎を消さぬ使命は、明日の天気を知る使命、
そうした営みが、家を守るものを神にしたのではないか——そんなふうに思う。
伸子とともに足を止め、2年前と同じように、
「やっぱり、すごいね。」と目を合わせる。
きっと迎えに来る哲郎は、まるでかぼちゃの馬車。
家を宮殿にかえる魔法は、きっと私がかけるのだ。
そんな気持ちで、残りの数分間、伸子と響香は無言のまま、歩幅だけをそろえた。
改札の上に表示された、岩見沢行きと千歳行きの発車時刻を見て、急いで『またね』と別れる。
この札幌駅の改札をくぐるとき、ふと、小学生の自分がよみがえる。
雨の日に母を待ったあの改札、はじめて一人で抜けたあの改札。
札幌の改札口での「あっさりした別れ」と、ホームで受けた冷たい冬の空気が混ざり合い、
心のどこかが、ざわつく。
ほんの少しの間、構内のストーブの前のベンチに響香は腰を下ろし、
前方から伝わるストーブの熱を感じていた。
寝室にある本棚のミヒャエル・エンデの「モモ」の時間泥棒が時間を返してくれるなら、
迷わず伸子を誘って飲み会をしていただろう。
長いつきあいなのに、一度もしたことのない伸子との飲み会。
それを、かなわぬ初恋のように切なく思った。
時計を見て、駆け上がったホームには、もう岩見沢行の列車が到着していた。
響香は、ボタンを押して列車の扉を開ける。
北海道のJRにこのボタンを考えたのは、誰だったのだろう。
おかげで、扉から吹き込む寒風に当たることなく、
みんな暖かな車内で発車を待てる。
ボタンを押しながら、響香は意識して、温かな気持ちで、かぼちゃの馬車へ乗るように家路へ向かった。




