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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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ただいま編  第34話 妙蓮寺の水音

やがて響香は、「みょうれんじ」と口に出してから、ぽつりぽつりと、記憶の中からその名にまつわる語りを掘り出しはじめた。


それは、伸子の長い旅の物語が滝のように流れ落ち、深い滝壺に沈み、やがて静かに地下を伝ってゆく水となる時間だった。

遠い下流で、新たな源流を生み出すかのようにそっと流れを広げていく。


また、過去という海へと注ぐ、最初のしずくのようでもあった。


響香の記憶の中に静かに佇む、妙蓮寺の井戸。

彼女は、自分と井戸を戦前の焼け野原に置き、想像の中で百年の時間をさかのぼっていった。


「妙蓮寺って駅名?」

伸子の素朴な疑問が、ひんやりとした地下道の空気にふんわり溶けていく。


「そうよ。菊名の次が妙蓮寺」


響香は答えながら、ランドセルを背負って通学路を歩いた日々を思い出していた。

冬の晴れた朝、澄んだ青空の向こうに、遠く小さな白い富士山がくっきりと見えたこともあった。


まじかに見えるのは横浜みなと、♬

遠くに見えるのは真っ白い富士山♬


小声で校歌を口ずさむ響香に伸子は目を細めた。


「せっかくおめかししたのに、結局ベンチで新年会ね」


あれこれ店を探すよりも、このベンチが、ふたりにはいちばんしっくりきた。

                                                                                                                                                                                     ベンチの横のコンビニで小銭が足りず、それぞれ一万円札を出した。渡されたばかりの新札には、渋沢栄一の顔があった。


ベンチに腰を下ろし、コンビニのパンをちぎりながら、響香は大口をあける真似をして笑った。


「おおぐちだいしょうがっこうっていうのよ。なんだか小学生に戻った気分。」


思い出の一滴一滴が地下を伝わり、やがて小さな源流を作るように、過去の時間がふたりの間にながれはじめた。


戦中戦後の焼け野原、静かにたたずむ井戸、100年の歴史の想像――


響香はそのひとしずくを静かに心に描いていった。



「まずは、横浜港が開かれ、外国人居留地として栄えた関内。

 その5キロぐらい内陸にあるのが妙蓮寺なの」

響香は、まるで地図の上をなぞるように、人差し指を動かしながら語った。

「横浜・関内」

響香がその地名を口にすると、伸子が顔を上げた。

「白い帆のような三日月形のホテル、よくテレビで映るわよね」

「そうそう、インターコンチネンタル・ホテル……」

舌がもつれてしまい、響香は思わず笑った。


ふたりは、今は横浜スタジアムのあるその地の、開港当時の景色へと想いをはせていった。


関所の内側に築かれたその地は、かつて――いわば「外国」だった。

そして、そこには確かに、「当時の未来」が息づいていた。


「電気が灯り、舗道が整い、水道管も通っていた。

異国から届いた鼓動が、地中を伝って、静かに息づいていた。」

妙蓮寺と横浜・関内は、意外なほど近かった。


距離にして、わずか約6キロ――馬車なら、1時間もかからないほどの道のりだ。


響香の語りのひとしずくは、静かに滴り落ち、小さな輪を描いて泉に溶けていく。


「渋沢栄一って、小学四年の社会で、“地元の鉄道を先導した人”って習ったの。

だから、日本のお札になるって、ちょっと実感わかなかったけど……」


「たしか、渋沢栄一は、拓銀の創立メンバーだったはずよ。」振り返って、今や地下歩道のオブジェになっている金庫をみつめて伸子はいった。


「そうなの?私は、栄一は妙蓮寺の駅を計画した人だと思っているの。想像なんだけどね。きっと、妙蓮寺の井戸の前の井戸端会議で発案したんじゃないかな?」



伸子がiPadを取り出して、画面をスワイプした。

「あ……ここに書いてある。“道徳と経済を両立させる”って。資本主義の父、だって」


**「道徳と経済を両立させる」——『論語と算盤』の理念だ




「儲けることは、人を幸せにすること。

そうでなければ意味がない、って感覚だったみたいね。

鉄道だけじゃなく、銀行も、ガスも、ホテルも……あ、江別の王子製紙も。」


響香は、落としてしまった小さなパンのかけらを、腰をかがめて拾い、袋に入れた。

その動作は、まるで百年前の妙蓮寺の井戸の前にたたずみ、そこからこぼれ落ちる一滴の水の行く先をじっと見つめているようだった。


「人を幸せにすること」

 伸子が読みあげたその一行が、響香の胸に染み込む。


 渋沢栄一は、「人・物・情報の流れ」が全国で活性化されることで、国全体が豊かになる――そう、信じていた。


 『論語』の道徳と、『算盤そろばん』の経済。

その両者を調和させてこそ、本当の繁栄があると。


 

一滴の水が静かに消えたかと思えば、また二滴、時をおいてぽつりぽつりと落ちる。

チカホのベンチで、響香の語りは、時折途切れたかのように思えても、また記憶の糸をたぐり寄せるように、静かに続いていった。


おおぐちだい小学校の社会の授業も思い出していた様だった。

「――異国人たちが使う近代水道を横目に見ての暮らし」

「――関東大震災の焼け野原。」

「――戦時中の焼け野原。」

「二度の荒廃のときも、人々が集った場所。」





ぽつり、ぽつりと響香が語る。

伸子がうなずきながら言った。


「それが、妙蓮寺の井戸の場所というのね。」


水道のない時代、井戸は暮らしの中心であり、語り合いの場だった。


「井戸端会議って言葉があるじゃない。

ここにも水道があったら……

この水がどこでも飲めたら……

はじめて夢を語り合った場所って、どこだろうって思わない?」


響香の想像は、旅を終えた伸子を巻き込み、史実へとつながっていく。


日本発の近代水道を横目に見ながら、関東大震災や戦後の焼け野原を乗り越えようとした人たちが、妙蓮寺の井戸に自然と集まったのだろう。


誰かが夢をぽつりとつぶやき、みんなで語り始めたに違いない。


「東京にはもう、いろんな利権が絡んでいて……ならば、まず横浜に。」


そんな声が重なり、日本の近代水道の礎ができていったと想像できる。


「江戸じゃなにかとめんどくさいから、横浜に、って感じかしら?」


「そうね。」


「もちろん、それ以前にも水道の発想やそれに近いものはあったのよね。

でも、きっと目的は防火だったんじゃないかしら。

ああ、私が四間道しけみちで見たあれも、そうだったんだと思う。」


妙蓮寺から線路でつながった1925年の関内は、ある意味、よその国のようであった。

関東大震災の爪痕がまだ残るなか、横浜の近代化は進んでいった。

そして、妙蓮寺の井戸端で交わされた「井戸端会議」は、さらに、今の日本の世界最高水準のインフラへとひろっがていったにちがいない。


「そんなこと、今まで考えたこともなかったけど、響香さんと話していると、そう思えてくるの」


伸子がそう言うと、響香は微笑んだ。


日本の近代水道が静かに動き出した。

そのときのことをあらためて知りたくなった。


大河のはじまりの一滴。


渋沢栄一と寺の住職が、妙蓮寺の井戸の前で「どこでも水が飲める社会を」と語り合ったのかもしれない――そんな情景がふと頭に浮かんだ。



そんな時代の底流で、

だれからともなく、関内と妙蓮寺をつなげたいという想いが芽吹いていたのかもしれない。


――栄一「住職、この井戸の水は、いいですね」

――住職「この土地、活かしてくれませんか?」

――栄一「かなえますよ」

――住職「お願いしますよ」


1926年、妙蓮寺駅の完成。宗派をこえた偉人ふたりの会話は、響香と伸子の創作。


もしかしたら――

最初にその駅を思い描いたのは、渋沢栄一だったのかもしれない。

この土地を提供した住職とともに、晩年の栄一氏が完成式に立ち会っていた……そんな想像すらできる。

関東大震災の爪痕が、まだ街のあちこちに色濃く残っていた頃。

関内は、横浜近代の中心地として、一歩先の歩みを進めていた。

井戸の前の「井戸端会議」から始まった小さな水への願いは、

やがて横浜全域へ、そして江戸から変わる東京へ、名古屋へ――

もしかしたら、蝦夷と呼ばれた北海道にさえも届いたのかもしれない。


そうして、その願いは、日本全体のインフラの礎となっていったのだろう。


「そんなこと、これまで考えたこともなかった。でも、響香さんと話していると――ほんとうに、そう思えてくるの。」

そう言った伸子に、響香は微笑んだ。


響香の語る妙蓮寺の過去に惹かれながら、伸子は静かにかばんを開け、iPadを取り出した。

地図アプリを開き、「妙蓮寺」と指先で検索を始めた。


札幌の地下のベンチで、語られなかった旅の報告と一滴の過去が、そっと溶けあう。

未来の音を響かせるように、二人は日常へ帰っていった。


「まだ旅の話はしてないけど、ありがとう。」


*注釈

四間道しけみち

名古屋市の旧市街に位置する歴史的街並み。江戸時代、火除けのために道幅を「四間(約7.2メートル)」に広げたことが名前の由来。防火と物流のための井戸や蔵が残る。


※渋沢栄一(しぶさわ えいいち/1840年〜1931年)

日本の実業家・思想家・官僚。「日本資本主義の父」と称される。

生涯で約500の企業、600の社会事業・教育機関の創設に関わり、その理念は『論語』に代表される道徳思想と、現実的な経済活動(算盤)との調和にあった。


たとえば、東京横浜電鉄(現・東急東横線)などの鉄道事業においても、単なる交通インフラではなく、「人・物・情報の流れ」を生む社会の血流として重視した。

彼の信念は、「道徳なくして経済なし。経済なき道徳もまた空虚なり」という言葉に集約される。


2024年夏、渋沢栄一が日本の新一万円札紙幣の肖像になった。



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