表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/116

ただいま編 第32話②「二人だけの新年会」ー四間道の影

ただいま編 32話②「二人だけの新年会」ー四間道の影




日本を知る旅、という手のひらサイズではなく、地球儀を抱え込むような夢だと分かっていても、ふたりの会話は時を超え、いつものトーンで始まる。




「響香さんに出会えてよかったわ。二年にわたるこの企画について、会社や関係各所に報告書を出さなくちゃいけないんだけど、行き詰まっていたのよ」




「まず、公共の予算を使うって、大変なことよね」と、伸子は溜息をついた。




今度も伸子はそれ以上のことを言わなかったが、響香はエッフェル塔でニッカと笑う女議員の写真を思い出した。




写真一枚で責められる彼女たちを哀れに感じながらTVを見ていたが、思いもよらぬ場所で誰かのため息を感じるとは思わなかった。




「何も成果がなかった。あちこちの国の水道インフラを見てきたけれど、帰ってきたら、私のメモはうちの資料室にあるものばかり。興味深い情報もあったけど、各国のプレゼンのスライド撮影は禁止だったし、お互い自国の資料持ち出し禁止で集まっていたから」




「伸子さんもプレゼンしたの?」




「したわ。眼鏡を忘れちゃって、大変なことになった。慌てて『眼鏡は顔の一部です』って言ったら、大爆笑。『あー、早く帰って卵かけご飯食べたい。それより、納豆ごはん。』って言ったら、大ウソつき呼ばわり。穴があったら入りたかったわ」独り言だけがマイクに拾われてしまって、それがAIによって各国の言葉に通訳されたから、最悪だったのよ。




そのときの情景が、今も鮮明に胸に残っているという。




壇上での沈黙のあと、ふと口にしてしまった独り言。




会場に響いたのは、翻訳AIによって拡声されたその言葉だった。




「Glasses are a part of my face... I wish to enter a hole... I desire rice with raw egg. Correction: fermented soybeans.」


「What is ‘fermented soybeans’?」



「納豆? 腐った豆だろ?クレイジーだな……」


どこからか、片言の日本語で、

「エ?生タマゴ、タベル人間、イルワケナイダロウ…」

という声まで聞こえてきた。



ざわめきと、国際色豊かな笑いが、波のように会場を包み込んだ。


それをきっかけに、会場は少しほっとしたように和やかな空気になった。


張りつめていた議論がやわらぎ、次の発表者が笑いながら壇上に立ったほどだ。


——あの時、本当に穴があったら入りたかった。






帰ってきたら、後輩たちが、「ラブロマンスの旅?だったりして、、」と冗談交じりに話すのが聞こえた。




「名古屋の四間通りで、もっと立ち止まっていればよかった。」と、伸子は加えた。


実際、四間道に立った時、伸子も、すごいことができそうな気がした。


「四間道」と彫られた石柱をスマホで写真を撮った時、あの道の成り立ちをゆっくり調べようと思ったのだった。


その瞬間の胸の高鳴りが、あの写真に閉じ込められてる気がした。




響香は、その写真を伸子から送ってもらっていた。


画面に浮かぶ灰色の石柱と、秋の日差しに長く伸びた影―スマホをかまえる伸子さんの影を、思い出しながら、


その時の伸子の胸の高鳴りまで伝わってくる気がして、ふっと息を吸った。


「しけみち?」と響香が聞き返すと、伸子が名古屋の四間道の説明をしてくれた。そして、ふたりで江戸時代の文化について話した。伸子さんが「井戸を見たことある?」と聞くので、小学校の頃、駅から帰る途中で見ていた井戸の話をした。



「どこ?」と聞かれ、「妙蓮寺」と答えた。




「妙蓮寺?駅名聞くと、『きくな(菊名)』っていう駅があって、その次が妙蓮寺だよね」


「きくな、なんて、おかしな駅名だと思わない?」

「そお?」

「だって、きくなよ」



そんなたわいのない話を交わしているうちに、響香の心は次第に妙蓮寺に住んでいた頃へと引き戻されていった。




ふと、校歌の一フレーズが口をついて出る。


「まじかに見えるは横浜港〜 遠くに見えるは、真っ白い富士山〜――ぼくらにむかって呼びかけてい〜」




お腹がすいたので、コンビニでパンを買った。


細かいお金がなくて、二人とも一万円札を出すと 紙幣は新しいデザインの渋沢栄一だった。




響香は、ぽつりぽつりと記憶の中の妙蓮寺を語り始めた。


それは、伸子の長い旅の物語が滝のように流れ落ち、深い滝壺に沈み、


やがて静かに地下を伝ってゆく水となり、


下流のどこかに、新たな源流を生み出すような時間だった。




それは、過去という海へとそそぐ、最初のしずくのように。


32話② おしまい 32話③へ つづく  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ