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【旧稿】台所シリーズ ― 水と記憶と祈り ―  作者: 朧月


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ただいま編 第30話 3000円の宝くじと、私の報告書(正月)

台所シリーズ 第1部 「台所でせかいをかえる」ただいま編

第30話 3000円の宝くじと、私の報告書(正月)


伸子は、孫の凛と未希、加奈、夫の壮太と共に、本当に楽しい正月を過ごした。


車で10分ほどの距離にあるエスコンフィールドへ行き、正月のさまざまなイベントに参加できた。


実際、伸子のインスタには、まるで自分たちの町が北海道の主役になったかのような素敵な投稿が並んでいた。


けれど、小学校に通い始めた凛との無制限のおしゃべりに、他人が作った演出は必要なかった。


テレビでエスコンが映ると、凛がアナウンスを補足する。


「ここでは、凛もテントを張ったし、バーベキューも肝試しもしたよ。それに、新庄監督にも会ったんだよ!」

「選手じゃなくて、監督だよ。」

「うん、でも、凛の頭をなでてくれたんだよ。ばあば、本当にね。ばあばも一緒に行ったら、きっと握手してくれるよ。」


一分一秒が、光を放つように輝いていた。


庭では、三十年ぶりに雪だるまを作った。

夫の日本ハムの帽子をかぶせ、みんなで変顔をして写真を撮った。

寒いとは誰も言わず、たくさん笑った。


去年の正月、たった一度だけ予定外にここで過ごせなかったことで、こんなふうにこの時間を愛おしく思えることに、伸子は自分でも驚いていた。


「孫が五人も六人もいると、正月と盆は旅館を経営しているみたいよ。」


そんなふうに、ガーデニング仲間の聡子さんがピンク色の溜息をついていたことを思い出す。

その溜息は、少子化の時代にあって、一億円の宝くじが当たるくらい夢のように響いた。


「3000円の宝くじが、これが私の正月だとしたら、私は誰にも譲りはしない。」


そう思いながら、スマホの画面をもう一度覗き込んだ。

そこには、つい二時間前の笑顔が並んでいる。


「また来週、来られたら来るね。」

未希と凛、加奈が帰っていったあと、夫はテレビの音を少し大きくしたが、家の中には伸子の食器を洗う音だけが響いた。

TVと食器の音が、かえって静けさを際立たせる。


伸子は、今日は歌わずに食器を洗い終え、そのままダイニングテーブルにパソコンを広げた。

――そんな2025年1月4日だった。


正月明けには、1年半の報告書を提出しなければならない。


まだ部屋のあちこちに、凛が作った工作が残っている。

凛たちが来るまでに終わらせたいと思っていた報告書は、手つかずのままだった。


報告書の仕様も、枚数の決まりもない。

それがかえって伸子を憂鬱にさせ、TVの音が耳にさわる。

いやな視線をテレビに向け、灰色の溜息をついた。


二時間前まで賑やかだった夫も、何も言わずにテレビを消して二階へ上がっていった。

「またやってしまった」

伸子は小さく呟き、そんな自分を責めた。


気持ちを立て直すように、凛と過ごしたさっきの動画を見返す。

スマホから、凛や夫の明るい声や笑い声が響き、部屋の空気が少しやわらぐ。


伸子は、誰にともなく大きな声で言った。

「がんばろう。」


さっき二階に上がったばかりの夫が降りてきて、コーヒーを二杯淹れた。

伸子は湯気の立つカップを手に取り、飲まずに香りだけを楽しむ。

そして、ゆっくりとパソコンに向かった。


スマホで撮った写真を、パソコンの大きな画面に映し出す。

画面に映る、薄緑の上着を着た夫のがっしりとした背中を、伸子はまじまじと見つめた。


「楽しかったわ。今年は、ここで正月を迎えられて、本当によかったわ。」


聞こえるようにそう言い、カップをそっと置くと、伸子はキーボードに指を置いた。

パソコンの光が、コーヒーの香りで満たされた部屋にやわらかく広がった。


『報告書』


きっかけは、おととしの秋、名古屋の水道局の資料館に行ったことだった。


そこで、ある外国のダビデさんという方に偶然お会いし、共同で国際貢献の道を模索しないかという話をいただいた。


もちろんその話は断ったが、その後課長に相談したところ、ダビデさんの申し出が具体化すれば実現可能かもしれないということで、

「つなげよう。水道の輪(虹の輪)」というプロジェクトが発足準備に入った。


関係者の皆さまには、心から感謝を伝えたいと思っている。


第30話 おしまい

第31話へ つづく


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


伸子の名古屋、そして「虹の輪」の回想は、

第2部『台所は世界をかえる 長旅編』に収録予定です。


この第1部のお話は、北国の冬のように、

ゆっくりと流れていきます。


第31話も、よろしくお願いします。

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