ただいま編 第28話 そんなクリスマスソングが流れたら
台所シリーズ 第1部 「台所でせかいをかえる」ただいま編
第28話 そんなクリスマスソングが流れたら
クリスマスの日。
響香は迷っていた。
伸子さんに電話をかけるかどうか。
それとも、あの箱を開けるかどうか。
── お土産の箱。
「2024年10月5日。伸子さんと再会。
『後で開けてね』と渡されたお土産。」
若い頃の父の姿を、ふと思い出す。
── そして、ほろ酔いみかんサワー。あの日のスマホでのやりとり。
「私はグレープサワー、アルコール0%。」
「あ、明日仕事だったよね。ごめん、お酒じゃなかったんだ。」
「また話しすぎちゃった。また飲みましょうね。」
電話をして、素直な気持ちを話せばいい。
でも、クリスマスに長電話するのは気が引けた。
もし凛ちゃんがいたら、きっと短く切り上げるだろう。
それもまた寂しい。
結局、電話はしないと決めた。
そのとき、函館時代の友達からLINEが届いた。
「小田和正さんの『クリスマスの約束』、今年が最後なんだって。」
そのメッセージを見て、
今年こそリアルタイムで観ようと決めた。
暗い部屋で放送を待ちながら、そっと心の中で歌ってみる。
小田さんの声で、“さよなら”が何度も響く。
なのに、頭に浮かんだのは別の曲だった。
── 薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」。
なぜ今、あの歌?
20代の薬師丸ひろ子が、
響香の心のグラスにふっと映り込んで消えていく。
そして、父のスーツケースのことを思い出した。
行きの中身は、どうしても思い出せない。
帰りには、上着や人形、たくさんのお土産が詰まっていたのに。
アラビア語のメモを見た日のことも、忘れてしまっていた。
伸子さんは、それを「親子の思い出」として持ち帰ってくれたのに。
── 小さなメモ。スーツケース。
そして、目の前の箱。
小田さんのメロディーが、
心の空白をふわっと満たしていく。
響香は、まだ箱を開けないことにした。
ただ、函館の友達にだけ返信を送った。
「岩見沢は、真っ白。
みんな雪かきに追われてる。
今日は道新の《卓上四季》で絵本の話が出てたの。
鈴木まもるさんの『戦争をやめた人たち』って絵本。
実話なんだって。
そんなクリスマスソングが流れたらいいのにね。」
クリスマスの夜は、静かに更けていった。




